2013年 06月 07日

ウィリアムズバーグのユダヤ人  Hassidim in Williamsburg, Brooklyn

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バスの走行中、ものすごく行儀の悪い子どもたち。急ぎ足の男たち。


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みな、なぜかすごく急いて歩いている。


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ニューヨークでは八百屋はだいたい韓国人と決まっているけれど、ここではキャッシャーも店番もみなジューイッシュ。


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女性は成人すると、または結婚すると、髪を剃ってカツラをかぶる、男はサイドの髪をのばして耳の前にたらす。


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わかりやすいカツラの人たち。少年はこんなふう。


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スカートは全員クロ。パンツはダメ。大人は一年中長袖。


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4人の女性に4台の乳母車。同じ髪型に同じ帽子。そして分厚い靴下。


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宝くじかと思ったが、金貸しかもしれない。いずれにしろ、暑いのにたいそうな服装でご苦労様。


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ちょっと上等な子供服屋。同じ服や髪型でもセレブなお洒落に見える人もいる。


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ベビーシッターをしている十代の子も、もうすぐ髪を剃るのだろうか?


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こういう幸せもこの世にあると信じたい。


たまたまこの写真を撮影した当日(5日)の夜、この地域ウィリアムズバーグにあるユダヤ教オーソドックス(正統派)の高校でおきたことがニュースで話題になっていた。
生徒100人がニューヨークからアトランタに向かって飛び立つ国内線に搭乗後、機長によって100人全員がルール違反を理由に下ろされてしまった、という。
携帯の使用を止めよ、着席してシートベルトを着けよ、という機内放送に従わず、十名以上の生徒が好き勝手に振る舞っていたらしい。機長が客席に行って注意を数回したにもかかわらず従わなかったからという航空会社の言い分に対して、教師が機長の措置は行き過ぎだと反論、ユダヤ人差別だ、というのだ。
それをどの局もニュースにして、喧々囂々だとか。

しかし私はこのニュースをネットで見た瞬間、いちばん上のスクールバスの場面を思い出したのだ。
左端に写っている女の子が友達らしく、その子を呼んで、車内の子どもたちが窓によじ上らんばかりにして嬌声をあげていた。
私はこれまでバス内でこんなお行儀の悪い小学生を見たことがなかったので、びっくりして思わずカメラを向けた。バスは交差点を曲がっている時だから、危険でもある。
以前に、撮影のために公立小学校のスクールバスに乗った経験があるが、車内で大騒ぎしていた子どもたちが、運転手の発車の号令で、一瞬にして席に座り静かになったのを印象的に覚えている。アメリカ人というのは、意外に公共の場でのルールを心得ている人たちである。
だから、このユダヤ学校の子どもたちの光景は異様で、この街の人びとを見てわたしは思ったのだ。子どもたちにとって、家も学校も厳しくて、途中のバスの中だけが解放された空間なのかもしれない、と。
でも、このニュースで、そんな殊勝な考えはやめた。
公共の乗り物の中でルールを守るというのは、ユダヤ教の律法だか戒律にはない、というだけの話かもしれないし、たんに甘やかされているということかもしれないと。

ウィィアムズバーグといえば、今ではブルックリンのトレンディな地域をいうけれど、80年代まではこのようなユダヤ正統派であるハシディズムのコミュニティのことをさしていた。車の中からは何度か見ていたけれど、街を歩いたのは初めてだ。昔のイメージと寸分変わっていない。
オーソドックスの身なりをした人しか歩いていないので、異教徒の私が半袖シャツでカメラを持って歩いたら、よほど冷たい視線でにらまれるのだろうと覚悟していたが、それどころではなかった。
人びとは、異教徒に興味を示してはいけないことになっているのか、まったく私を目に留めない。男たちは、ユダヤ教典を心の中でつぶやきながら(または、iPotかなんかで聞きながら)、まっすぐに足下前方を見つめ、決して右左を見ることがない。私はまるで透明人間になったかのようだ。そして人びとは小声で話す。

恋愛結婚は許されていず、お見合いで結婚する、と何かに書いてあったが、今でもそうなのだろうか。
しかし、お気づきのようにとにかく乳母車が多い。子だくさんだ。また、母親が仕事を持たず育児に専念しているということでもあり、ベビーシッターを雇わず、あるいはデイケアに預けることもしないので、いつも子供を連れて出ることになるからだろう。昔のことを考えると別段驚くことではないが。
女性が髪を剃るのは、髪が女性の魅力の象徴だから、それで男を惑わせてはいけないということらしいが、みながみな同じ色のカツラをかぶって、そのうえさらにスカーフやら帽子をかぶるのだから、わけが分からない。でも、宗教の戒律であり、伝統なのだ。夜、夫婦一緒に寝る時はどんな髪型なのだろうと思う。

ところで、この地域のユダヤ人は、第二次世界大戦前後にホロコーストから生き残り逃れて来た、多くがハンガリー、ルーマニア出身の人たち。
この地域に約57000人いる、このハシディック派のユダヤ人(Hassidim)はまた、イスラエルを建国したシオニズムに反対するグループである。
神が自分たちに流浪を与えているのだから、その神の命に反して、人為的に、そこにいた人たち(アラブ人)の土地(パレスティナ)を奪って、新しい国を建国すること自体、まちがっていることなのだと。
何だか、まっとうなのである。
アメリカでのジューイッシュの経済的成功者の多く、あるいは金融資本を握っている多くがシオニストであり、軍事国家イスラエルを支えていることを考えれば、宗教のもつ、内側に向かう力と外側に向かう力の、どちらに対してもの大きさに、やりきれない気持ちになってしまう。
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by keiorihara | 2013-06-07 08:48 | Brooklyn | Comments(9)
Commented by 東京にいるユダヤ人 at 2014-12-18 13:13 x
ユダヤ関係検索していてこちらを拝見。貴殿は、皮肉やか、ユダヤ人が嫌いなのでしょう。人の生活をあれこれ言う必要はないでしょう。このように勝手に人の写真を無断で取ることもマナ―違反。オーソドクスのユダヤ人女性が皆、髪をそるわけでもかつらをかぶるわけでもありません。同じ髪型、同じ服を着ているわけでもありません。modestyを重んじていることを尊重されたらどうですか?世界中には、色々な人々がいるんですよ。貴殿の基準が正しいわけではないです。とても不愉快になる文章ばかりです。但し、これも私の意見です。
Commented by 東京にいるユダヤ人 at 2014-12-18 13:33 x
追伸 厳格に戒律を守るユダヤ人は、夫婦であっても外でいちゃついたりしません。ましてや、通りで女性とすれ違う時にじろじろ見たりしません。人と目をやたらと合わすことが良いことなのでしょうか?
お願いしたいのは、人目に触れる媒体に物を書くときは、まずは、あらゆる確認をしてほしいです。貴殿の誤った書き物を信じてしまう人、ユダヤ人への偏見を持ってしまう人、増やしてしまいます。日本は、まともな国ですか?優先席にわれ先に座る子供たち。遊び帰りのべびかーの集団が夕方のラッシュに団体で乗り込む若い母親。携帯に夢中で子供と話さない親。。。
Commented by keiorihara at 2014-12-18 19:17
東京にいるユダヤ人さん、コメントをありがとうございます。確かにあなたの立場になって読み直したら、気分を害されるような口調があったように思います。以後こころします。
しかし、”ユダヤ人” が嫌いという感情や感覚はまったくありません。わたしのニューヨークで一番親しいアメリカ人はユダヤ人ですし、ユダヤ人の知り合いはたくさんいます。
慣習に関しては、ウィリアムズバーグのハシディズムのコミュニティに住むユダヤ人に限って、ともっと強調するべきでしたが、写真があるので、そこに写っている人たちに関してだけ書いたつもりです。
確かに世界にはいろんな人達がいます。いろんなひとたちがいろんな宗教や文化を持って暮らしています。わたしはニューヨークにいて、いろんな人達に接するので、とても興味深く、もっと知りたくなります。わたしは写真家のはしくれで、たしかに好奇心いっぱいで写真を撮っています。知りたいからです。知るということは、知性で受け入れるためです。
たしかに異質な人たちに対して、驚いたり、おもしろがったりするのは、まずは自分が自分を中心とした価値基準で相手を見る、つまり偏見(偏った見方)があるからかと思います。ある意味、偏見が原動力である場合もあります。でも、知ること、近づくことは偏見をなくすこと、と思って行動していますし、それはたいてい成功しているし、そのあとでは、自分のこころが広がっていることは確かです。
撮ったものを発表するのは、見る人に自分と同じ経験をしてほしいと思うからです。いろんな人達がいるのだなあと思うことは、いいことだと思うし、そのことで免疫ができて、心が開かれることに役立つと思うからです。ただ、文章を書くときに、読むひとも自分と同じ基準や感覚を持っていると思い込んで、大事なことをはしょって書いているところがあり、誤解を招く結果になっている、ということがわかり、東京のユダヤ人さんには、コメンを書いていただいたことを感謝します。(つづく)

Commented by keiorihara at 2014-12-18 19:30
(字数制限があったので、上記のつづきです)
現場での撮影ですが、わたしはすべての被写体に対して、風景の一部と思って写真を撮っています。スナップショットの極意です。ルール違反だとは思っていません。私自身も風景の一部ですし、時代の証言者です。ただ、社会的に弱者だと思われる人たちや、その写真を当人が見たら傷つくかもしれないと思われる瞬間の写真などには、発表時とても気をつけています。(これも自分の基準や自分のモラルによるところではありますが)
それから、一般的に ”ユダヤ人” にはいろんなタイプがいるので、このことでユダヤ人一般への偏見を助長する、というふうには思いにくいのですが、昨今の日本の民族差別的空気の中にいると、どんなことも差別のきっかけになりえる、ということは心しておかなければならないと思います。
Commented by raphael at 2015-01-11 19:12 x
はじめまして。ブログ、大変興味深く拝見しました。私も以前ウィリアムズバーグに立ち寄ったことがあり、自分には知らない世界があるんだな、というカルチャーショックを覚えた記憶があります。

この折原さんのエントリーは、「東京にいるユダヤ人」さんの仰るような、決して皮肉や、ユダヤ人嫌いという風には読めませんでした。

もちろん、「髪を剃っているのに、皆が同じカツラをかぶるのは、わけが分からない」「夜、夫婦はどうしてるのか」などと、他文化に居る我々日本人が書くのは、やや配慮に欠ける気もしました。

ただ、それ以上に、折原さんの純粋な好奇心と、タブーを作らない文章にこそ、偏見を無くすヒントが隠されてる気がします。

100人が飛行機を下ろされてしまったニュースというのも、「端から見ているとただただ厳格に思える正当派ユダヤ人たちにも、人間らしい側面があるんだな」という程度に私は感じました。

また、勝手に人の写真を撮ることもマナー違反と「東京にすむユダヤ人」さんは仰っていますが、ユダヤ人のバックパッカー達も渋谷でたくさん写真を撮られているのをお見受けします。そして、私は特定の誰かのプライバシーを晒すものでなく、街の一風景として撮る分には、特別断りは必要ないのでは無いでしょうか。そこに変なタブーを作ることこそが、偏見や差別を助長する気がします。
Commented by keiorihara at 2015-01-12 14:05
raphaelさん、コメントありがとうございます。あなたのように理解してくれる人も大勢いると思っていたので、言っていただき感謝します。そうですね、配慮にかける部分、僭越な部分は、たしかに自分で書いていて感じていたのですが、思っていることを隠すまいという気持ちがありました。しかし、口に出して言うには下世話で、配慮にかけるもの、という点は認めたいと思います。この点もありがとうございます。
Commented by 東京のアメリカ人 at 2015-06-25 12:53 x
アメリカの子供時代、スクールバスに乗って通学していましたが、その中での騒がしさったら、ユダヤ人だからじゃないですよ。
人の写真ばちばち無神経に取るのは、どうなんですか?事前に許可取ってます?
Commented by 東京のアメリカ人 at 2015-06-25 13:00 x
追伸 厳格に宗教的に生きているユダヤ人は、写真を撮らない人たちが大勢います。テレビも見ない、ニューヨークのど真ん中で暮らしていても英語を話さない、そんな人たちがいるわけです。アーミッシュだって写真も取らない、オ音楽も聞かない、テレビも見ない。そういうところにずかずか踏み込んで無神経に写真を撮って自己満足って理解不能。日本で許されることが全てじゃないんですよね。
Commented by keiorihara at 2015-06-26 02:01
東京のアメリカ人さんへ。スクールバスの騒がしさについて、ユダヤ人だから、とは思っていませんし、そう書いてもいません。
写真撮影については、この一つ前のコメントに書きましたので、読んでいただくとありがたいです。
ストリートフォトに関しては、これが職務と思って撮っていますが、撮りつづけて見えてくるものに期待しているのです。また、自分が見たものを他の人に見てもらいたい、伝えたい、自分の殻がどんどん破れていくように、皆にもそれを共有できたら、と思って発表しています。


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