折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

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2013年 10月 11日

コロナパーク Flushing Meadows -Corona Park

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地球儀は、ここで開催された1939ー1940年のニューヨーク万国博のときに建てられたもの。


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スコット フィッツジェラルドは、かの『グレート ギャツビー』(1925年)のなかで、ニューヨークと彼らが住むロングアイランドの高級住宅街の中間地点にあるこの低湿地Flushing meadowを、灰の谷A valley of ashesと呼んだ。
灰色の農場、灰色の家、そこにうごめく灰色の人間たちは彼らとは相容れない世界のもの。多分、いまでも車や鉄道で、あるいは軽飛行機でそこを通過する人たちの階級感は変わっていないだろう。
ただ、違っているのは、その世界はいまとてもカラフルだということ。

コロナパークは、3.63平方キロ、湖が3つあって、セントラルパークよりも広い。
そして野球場ではなくサッカー場が10面以上、スケート場、テニスコート、ゴルフコース等々と、ただで自由に使える大人の遊び場がふんだんにある。
なぜサッカー場かといえば、わたしが歩いてみた限り、ここに来ているほとんど、または9割以上がメキシコ人をはじめとするラティーノ(ヒスパニック)のようだから。
残りはアジア人で、白人や黒人のアメリカ人を日曜日の人出の中で見ることはなかった。
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by keiorihara | 2013-10-11 14:04 | Queens | Comments(3)
Commented by さとう at 2013-10-16 14:58 x
ニューヨークにも、いろいろなところがあるのだね。
Commented by ネコ at 2013-10-28 21:12 x
初めまして。いつも楽しく読んでます。
特に写真が大好きです。人物の写真がとても多いですがどのように撮っているのですか?被写体の方にお願いしているのでしょうか?
Commented by keiorihara at 2013-11-11 16:56
ネコさんのコメントにお返事するのを忘れていました。人間の写真は風景を撮るのと同じように撮っています。風景の中に人間が入るように撮っていると言ったら良いか。でも人格を無視しているわけではありません。その人の醜い一瞬とか、失礼に感じる写真などは選んでいません。どの人に対しても肯定の気持ちをいっぱいにして撮っています。


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