折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

keiorihara.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:Queens( 87 )


2015年 09月 30日

トルコのおばあさん Turkish Lady in Sunnyside

a0215638_6341229.jpg



a0215638_6335711.jpg



a0215638_6343717.jpg
春夏秋は、朝歩いて10分のところにある公園にストレッチングと太極拳をしにいきます。
その道すがら、よく出会うお洒落なトルコ人のおばあさん。会うたびに写真を撮ってしまいます。
この方は、一言も英語を喋りも解しもしません。サニーサイドはトルコ人も多いのです。
チョコッと笑って挨拶すると、道で会えば抱きしめて、ほっぺにキスをしてくれます。
腰掛けているときは投げキッスです。
ある日、男性が通りすがって、トルコ語で挨拶をし合うと、パッとこんなポーズをとって去っていきました。
孫だそうです。

a0215638_635679.jpg
ついでに、この方も一言も英語を話しません。
中国人コミュニティの中にいれば英語を学ばなくても生きていけるのでしょうけれど、そんなに年寄りには見えません、なぜ、一言も? って思っちゃいます。
しかし日本人は、中国人とは筆談という手が使えます。
上海から来た人で、息子の一人が日本人と結婚して、東京に住んでいるそうです。わかったのはそれくらい。
しかし、彼女は筆談のあいだも平気で中国語を発しつづけ、わたしが理解しないのが腑に落ちないという感じなのです。
さすが中国人。
でも公園で会うといつも、なつかしい友人に会ったときのようにすごく嬉しそうに、人なつこい笑顔で挨拶を交わしてくれます。
[PR]

by keiorihara | 2015-09-30 06:31 | Queens | Trackback | Comments(0)
2015年 08月 30日

アイリッシュバー Irish Bar

a0215638_0545677.jpg
a0215638_05525100.jpg
a0215638_055417.jpg
a0215638_0555956.jpg
a0215638_0561784.jpg


サニーサイドあたりでも、かなりワビサビ感が漂いっている部類の店ですね。
マンハッタンにもアイリッシュバーはたくさんありますが、こういうワビサビ (これはアメリカ人がそう言うのでつい使ってますが、他にいい言葉が見つからないのです) のバーは、以前はイーストビレッジにはいくつかありましたが、もう今はないかもしれません。
でも、クイーンズにはたくさんありそうです。
しかし、自分たちアイルランド人に対する、家族に対する、バーに対する、お客さんに対する、そしてアメリカに対する、愛情がどっぷりという感じです。
こういう時代を超えた光景を見ると、ついほろ酔いながらシャッターを押したくなるのは、写真、あるいは写真機というモノそのものがもつ、時をとどめておきたいという切ない願いのせいでしょう。
[PR]

by keiorihara | 2015-08-30 01:46 | Queens | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 31日

ラマダーン明け バングラディッシュ人のお祝い Eid Mubarak for Bangladeshi

a0215638_233924100.jpg
毎朝行く公園のとなりの運動場で、地域のバングラディッデュ人のラマダーン明けのお祈りの集まりがありました。

a0215638_2342413.jpg
イスラム教徒の30日間の断食月ラマダーンが明けるお祝い「イード ムバラク」は、新年おめでとうみたいなことば。
左側に分離幕があって、たくさんの女性たちが座っていました。


a0215638_23423691.jpg
サニーサイドの図書館には、ベンガル語(バングラディッシュ人の言語)の本と映画DVDが何書棚もあります。となりのWoodsideにはもっとあり、この地域のバングラディッシュ人口のすごさがわかります。


a0215638_0344857.jpg
知的な雰囲気をもった家族でした。
ニューヨークに住むインド人やバングラディッシュ人たちはじつに医者が多く、わたしもバングラディッシュの女医さんにかかったことがありますが、科学者、IT関係の仕事の人も多い。それと、この辺のコンビニや薬局やガソリンスタンドはほとんどバングラディッシュ人の経営という気がします。バングラディッシュはアジアの最貧国といわれていますが、それなりの教育を受けた人たちが移民しているのでしょうか、よくわかりません。

a0215638_23431836.jpg
サニーサイドにはトルコ人もたくさんいて、たしか1ヶ月ほど前にラマダーン明けのお祭りを駅前で大々的にやっていました。このラマダーンのお祝いをいつやるか、というのはいろいろあるようです。


a0215638_2343421.jpg
みな上等の織物の晴れ着を着ています。
[PR]

by keiorihara | 2015-07-31 02:32 | Queens | Trackback | Comments(0)
2015年 05月 28日

アイリッシュのSunnyside

a0215638_14591842.jpg
Sunnyside
毎週土曜日に公園わきで開かれるファーマーズマーケット。

a0215638_1522871.jpg
Sunnyside


a0215638_15111135.jpg
Sunnyside


a0215638_155397.jpg
Sunnyside


a0215638_1595058.jpg
Sunnyside


サニーサイドがアイリッシュの街だというのは、バーのほとんどがアイリッシュバーで、その数の多さでわかりますが、数少ない白人を見るとこんな感じで、みなアイルランド人に見えます。お洒落をしていても、トレンディというのにまったく興味がないとしか言いようがない、時代を超越した雰囲気をしているのです。サニーサイドには来たばかりのほやほやのアイルランド人がたくさんいますから、ことさら。
[PR]

by keiorihara | 2015-05-28 15:05 | Queens | Trackback | Comments(3)
2015年 02月 28日

サニーサイドの寒い日々 Cold days in Sunnyside

a0215638_1111793.jpg
今年の冬はそんなに雪は積もりませんでしたが、冷え込む日が多く、零下10℃を下る日もざらにありました。

a0215638_23222155.jpg
晴れた日ほど寒く

a0215638_195330.jpg
雪が降ると少しなごむ感じで

a0215638_111137.jpg
氷が張っているところと、水たまりとでバスの乗り降りも大わらわで(しかし、みな国籍不明の人たちばかりです)

a0215638_1104226.jpg
ゴム長をみな履いて

a0215638_148111.jpg
さっきのバスを降りた彼女も急ぎ足で

a0215638_1482619.jpg
サニーサイドの冬の夜
[PR]

by keiorihara | 2015-02-28 12:14 | Queens | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 21日

サニーサイドの寒い夜

a0215638_18132654.jpg
サニーサイドからクリスマスカラーに彩られたエンパイアステイトビルディングを望む。


今年ももうすぐ終わろうとしています。
アメリカではこの夏、ミズーリ州ファーガソンで、無防備の黒人青年マイケル・ブラウン君(18歳)が白人警官に撃ち殺されて、人々がデモを始めたのでニュースになっていましたが、11月24日に、大陪審がその警官を不起訴にしたので、街中で暴動が起き、全米170以上の都市にデモが拡大しました。
その間にニューヨーク市スタテン島でも白人警官に黒人が射殺される事件があり、またオハイオ州ではモデルガンを持って公園で遊んでいた12歳の少年が突然白人警官に射殺されています。
日常茶飯にそのような事件が起きていることが露呈し、黒人の怒りが久しぶりに集団化して、クリスマスどころではない気分です。
警官たちは正当防衛を主張しているわけですが、その根拠は、「黒人を見たら犯罪者と思え」「殺される前に殺してしまえ」という警察官(あるいは世間一般の差別主義者たち)の黒人に対する恐怖、とか防衛本能というもの。
それにしても、打ち止めた相手にたいして9発も打ち込むというのは、ダダの防衛ではないし、その事実だけでも異常なことなのに、警官が白人で被害者が黒人だったら、まずはその警官は起訴されない、という裁判がまかり通っているという現実のほうに、底知れない恐怖を感じてしまいます。
[PR]

by keiorihara | 2014-12-21 20:44 | Queens | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 05日

韓国教会  Korean Church

a0215638_15433392.jpg
前回の映画館の向かいにあるコリアンの教会。ここは今は十字架が消え、貸しイベントホールみたいなものに変わって、チベット人のグループなどがよく集まりをしているようです。


クイーンズのコリアンチャーチの外観はとても特徴的です。十字架が大きい、または、建物が教会らしくない。あるいはその両方。
それと、これは全米中にいえると思いますが、韓国教会には大きく2つのタイプがあります。

ひとつは、韓国のシャーマニズムが入っているもの。この場合、信仰は熱狂的といえると思います。うちの角のコーヒーショップの2階も韓国教会ですが、しょっちゅう凄い合唱、というか雄叫びのような声が聞こえてきます。これは明らかに、このタイプのキリスト教でしょう。

もうひとつは、教会が信仰の場というよりも、どちらかと言うとコミュニティの場として機能しているもの。

ジョージア州アセンズ市に住んでいたとき、ジョージア大学教育学部のコリアンアメリカンの女子大学院生に英語発音を習っていたことがあり、あるとき、その妹さんの結婚式によばれ、 おもしろい経験をしました。
彼女たちの実家があるアトランタの韓国人住宅地域の教会は、200人近い参列者でいっぱいでしたが、おどろくことにそのほとんどがコリアン。日本人には考えられない同族意識です。
日本人だと、アメリカでは日本人同士はあまり固まりたがらないように思います。新郎新婦はアメリカ生まれで、韓国語は話すことはできても、読み書きもできないというくらいの人たちなのに。
司祭が英語と韓国語で聖書の言葉をのべます。賛美歌、聖餐式、純粋に西洋式キリスト教の儀式でした。

そのあと、となりのホールで披露宴。ビュッフェ式にならべられた料理はすべて手づくりの韓国料理。プルコギ、ナムルをはじめ、韓国風餃子、稲荷ずし、太巻なんかもあります。もちろん、キムチ類もたくさん。
舞台では、新郎新婦と付き添い人の若者たちが、いろんなイベントをやって楽しんでいます。
終わると、驚くようなスピードで、つまりほとんどの参加者が同時に動いて、椅子やテーブル、すべてがあっというまに片づけられます。いつもやっている要領で、というかんじです。
そんなとき、友達が私を奥の部屋に呼んでくれました。

そこは家族の控室のようなつくりの部屋で、奥に赤い毛氈をしいて、金屏風と低い御膳と座布団がしつらえられています。
祭壇のようなものに先祖の位牌とたくさんのお供え物がならんでいます。
そこに、新郎新婦の両親がチョゴリを着て、金屏風の前に座ります。
まもなく結婚式正装の派手なチョゴリを着た新郎新婦が登場して、両親とご先祖様に、両手、両膝、額をついての三拝。在日韓国人の家庭で見たチェサとそっくりです。
キリスト教会の裏の部屋、なんだか、隠れキリシタンのようではありませんか。
キリスト教は、原則は先祖崇拝を許しません。しかし、韓国人はご先祖様、両親を敬う、そのことを捨てなくても、基督教会のメンバーになれるのです。

これまたジョージアでのこと。私たちが住んでいた借家の1軒隣りに、韓国人の家族が引っ越してきました。
中学生の息子と娘、それと息子の友達という3人の子どもと移住してきた30代後半とおぼしき奥さま。越してまもなくのある日、バケツを借りにきたことからつきあいが始まりました。(バケツを借りに来るお隣さん、っていいなと思ったのです)
お宅に遊びにいくと、韓国から移民してきたばかりだというのに、適当に良い応接セットや食卓テーブルや大きなテレビや電化製品が、すっかり整っています。子どもたちは学校に行っています。話してみると、英語はかなり拙い。
旦那さんはまだ韓国で仕事をしていて来ていません。さて、これらのことをひとりでやったのでしょうか。

そこで、クリスチャンかどうかを聞いてみたら、イエスで、アメリカに移住するためにクリスチャンになったのよと、ためらいのない返事です。
「じゃあ、信仰ではなく、コミュニティに入るためね?」と聞いたら、これもきっぱりイエス。
移民ヴィザに始まり、住居の用意、子どもたち全員の市内名門私立への入学手続き、家具の紹介(教会メンバーからのセコハンで、聞いてみたらすごい安さ)などなど、すべて教会にやってもらった、という話でした。
韓国プロテスタントのいちばん多い宗派は長老派ですが、クリスチャンになることは教会のメンバーになること、そして教会のメンバーになるときには信仰を問わないところが多いようです。

ところで最近読んだ本の中で、80年、光州事件とよばれる5.18光州民主化運動からつづいた韓国の激しくも地道な民主化運動をリードした人にはクリスチャンが多く、また1910年の日韓併合のころから、クリスチャンの民族主義者が抗日運動を指揮したこと、韓国人の自主独立の精神、近代化を育くんだのは、キリスト教によるところ大ということが書かれていて、目からうろこでした。

87年のソウルに集まった大統領直接選挙を要求する100万人の市民の、激しい民主化デモの様子をテレビで見ながら、これはすごい! 命がけだ、と思ったものでした。
過激になるとむしろ軍隊化の様相をていする日本の反体制運動とくらべて、この人たちのは革命に似ている、揃いのヘルメットなんてかぶってないし、人の動きに自由さがあふれていました。
アメリカのキリスト教は政治的にはほとんど保守陣営に帰しているし、もちろんそうでない人たちもいるのですが、信仰にたいする私の偏見もあって、歴史を見るときに宗教のことを差し引いて考える傾向がある。(ほんとはアメリカでも、宗教は大きい問題なのに)
しかし、おとなりの韓国の現代史を知ろうとするときにも、キリスト教との関係は見落とさない方がいい、と思いました。おとなりの国なのに、まだまだ知らないことがたくさんあります。


a0215638_1544238.jpg
左隣の教会はルーマニア人の教会

a0215638_15442013.jpg
ここも以前は企業の建物だったような気がします。しかし壁の十字架が巨大。


a0215638_15443559.jpg
この建物は以前倉庫だったのかもしれません。
[PR]

by keiorihara | 2014-12-05 17:27 | Queens | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 09日

サニーサイドの映画館 Sunnyside Cinema

a0215638_9213276.jpg
うちから2分の映画館。こんなところでも8スクリーンあります。つまり同時に8つの映画が上映されている。しょうもないハリウッド映画ばかりなので行ったことはありません。それこそ昔の映画に出てくるように古っぽいですね。
となりは、アツアツの美味しいフィッシュバーガーや本物のハンバーガーが食べれるアイリッシュバー。ギネスを飲みながら、時々こういうものでお腹いっぱいになるのもいいものです。


ところでうっかりしていました。友達がブログで通知したらいいのに、というので、今頃思いついたのです。
じつは今東京にいて、写真展をやっています。

折原恵写真展 The Garden    ジョージアに住んでいた時の写真です。
新宿ニコンサロン(新宿駅西口エルタワー28階) 17日の3時まで。
a0215638_9145357.png

[PR]

by keiorihara | 2014-11-09 09:37 | Queens | Trackback | Comments(1)
2014年 10月 23日

フェリーに乗って Ferry for Far Rockaway Beach

だいぶ前のことですが、フェリーに乗ってロングアイランド沿いと大西洋を眺めながら、ファーロッカウェイビーチというクイーンズのパブリックビーチに行ってきました。
1時間もフェリーに乗ってたったの3ドル50セント(たぶん通勤に使う人がいるからだと思います)。夕日を帰りに見るつもりで遅い時間に出発しました。
夏の終わりのビーチはどこか寂しくて、胸がキュンとします。

a0215638_1251993.jpg



a0215638_10425569.jpg



a0215638_1392623.jpg



a0215638_139455.jpg



a0215638_10441621.jpg
ここからはフェリーからの眺め。


a0215638_1405090.jpg
コニーアイランドの夕景


a0215638_14012.jpg

[PR]

by keiorihara | 2014-10-23 05:23 | Queens | Trackback | Comments(3)
2014年 10月 05日

夏を惜しんで

夏の写真をあまりやらないまま秋になってしまったので、短い夏を惜しんで夏の光景を。

a0215638_4243339.jpg
かき氷屋さん。なんと機械もなく、手でかいている! でも、ちゃんとお客さんが。
大昔に、家でこんなことをしたような、、、


a0215638_2164155.jpg
こんな暑い日があったのか、と思えるような今年の冷夏でした。


a0215638_2175581.jpg
男性はクロアチアのサッカーチームのユニフォームデザインを着ているようです。そういえば今年のアメリカでのワールドカップ熱はすごかった。



a0215638_424934.jpg

ここは近所の毎朝来る公園ですが、どこでもアメリカの子どもたちが公園の遊園地で遊ぶところを見ているのはとても興味深いものです。
たとえヨチヨチ歩きでも、保護者はドッグランに犬を放つように、遊園地に入ると子どもを放つのです。
どの子もまっしぐらに走る。子どもは遊んでいる間、親を見るなんてことはありません。遊ぶことへの集中力もすごい。
そのうち、ひとりが別の遊具へ移動すると、ひとりふたりが追って移動したりします。ベンチに座った親は、子の移動に気がつくと子どもの方へ近づいて、危なくないかしかし距離をとって見守っています。
ケンカも見ました。その時は保護者が子どもを引き剥がしていましたが。

ある日のこと、ベンチに座ってべビーカーの赤ん坊を見ていたパパのもとへ、ヨチヨチ歩きの男の子が駆け寄ってきてこう言います
「ダディ、ブランコで遊びたいんだけど、僕をブランコに座らせてスウィングしてもらえる?」
ブランコに届かないような背丈の、まるで赤ちゃんみたいな子が、Could you~? と、ていねいに親にお願いするのです。
その声と、その内容のちぐはぐさに、日本人の私はびっくり。
家族は社会の最小単位、親子の間でも、きちんとしたコミュニケーションを訓練されるアメリカの子どもたちです。





a0215638_4491653.jpg

[PR]

by keiorihara | 2014-10-05 04:10 | Queens | Trackback | Comments(2)