折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

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2011年 09月 22日

クイーンズ再び

うかうかしていて、クイーンズをご無沙汰しているうちに完全に秋になってしまいました。
まだ何百枚もある夏の写真をどうしたものでしょうか。
日にちを開けずに投稿しないといけないということですね。

今日はそんなことで、まだ夏だったクイーンズです。

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Long Island City

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Sunnyside

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Sunnyside

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Long Island City

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Long Island City

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Woodside
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by keiorihara | 2011-09-22 11:05 | Queens | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 18日

10年目の9/11で思うこと

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Ground Zeroに建設中の"Freedom Tower"


私が前に通っていたESL(English as a Second Language)の先生が「大きな嘘ほど人は信じる」と、9/11について、内容はほとんど話さなかったけれど、そう言いました。
私は、この人も2001年の同時多発テロは、アメリカ政府のやったことと思っているな、とすぐにわかりました。
このクラスは、先生の話したことについて生徒たちがグループでディスカッションするという授業。そのときにクラスメートから聞いた話はわたしにとって、本で読んだことを決定的に裏付けてくれました。

ブラジル人のファビアナは、当時ブラジル国軍属の父の仕事の関係でワシントンはペンタゴンの近くの丘の上に住んでいました。
その日の朝、大きな爆発音がしたので何だろうと、家族と一緒に車で音のした方に走りました。
丘の上からペンタゴンを見下ろすと、煙がモクモクと出ています。壁に穴があいているのを見ました。
家に帰ってテレビをつけると、旅客機がペンタゴンに激突したと言っていました。
彼女の話によると「飛行機なんてどこにもなかったし、残骸のかけらもなかった。テレビが言っている激突した穴って、飛行機が入れるような大きな穴じゃないの。最初は誤解だと思ったけど、そのあと全然訂正がなかったから、これは完全に嘘だと思ったわ」
ファビアナは敬虔なカソリックで、このクラスの中でもとびぬけて保守的な生活感覚を持っている人でした。それだけに、この話はもの凄いリアリティを私にもたらしました。

私は日本にいて、友達のおかげで、事の起きている様をTVで実況放送で見ていた一人です。
ワールドトレードセンターが崩れ落ちていくときの映像は、私にある光景を思い出させました。
私はビルの屋上の給水タンクの写真を撮っていて、ある日タンクの建築現場を撮影していました。
ある工程から次の工程までけっこう時間があって、暇にまかせてハドソンリバーの方角をぼんやりと眺めていました。
その目の中に、ビルを解体する瞬間が飛び込んできたのです。
ウワーすごい、こんなやり方で、古いビルを解体するのだと。
かなりの高層ビルなのに、爆破だけでこんなにあっという間に、きれいに解体するんだ。上から下に、横に広がらずにズズズズーンと下に落ちて、すべて消滅です。
歩道脇の囲いの低さにも、びっくりしました。こんな煙(ホコリ)を出しているのにこんな程度の保護シートでいいんだ、そんなことを思いました。

そのときの崩れ行く光景が、ワールドトレードセンターの崩壊する姿と瓜二つだったのです。だから、WTCが崩れ行くとき、わたしは何も考えずに、ああ、ビルが爆破されている、と思ったのです。
ところが、TVでは、飛行機の激突でもたらされた高熱によるメルトダウンで支柱の鋼鉄が溶けたことによるビルの崩壊と報じられました。しかしそこに残ったのは、溶けた鋼鉄ではなく、粉々に粉砕された鋼鉄の灰でした。ものすごいエネルギーをもった爆発物以外に、このような結果は出ないのです。なぜ、当局は嘘をついたのでしょうか?

こんなことを書き始めると、100くらい疑惑はあってきりがないのでやめます。
このあと、すぐにブッシュ政権は、アフガニスタンに攻撃を始めました。そして念願のイラク戦争です。戦争したくてウズウズしていたブッシュ石油ファミリー、および軍需産業は、 9/11で活気づきました。

戦争することで、アメリカの支出は増大して経済は疲弊するのに、なぜ? って思われるかもしれませんが、権力を持ったアメリカの資本家たちにとって、アメリカの国内のことなんてどうでもいいのです。
彼らの儲けは、アメリカの経済とは何の関係もなく、というか、アメリカの一般庶民が貧乏になるほど、彼らは潤い、彼らの権力の見せ所を実感できるわけです。
お金はもとより権力、支配すること、にとりつかれたわずかな人びとによって、世界はとんでもなくひどい方向に向かっている、それがアメリカに住んでいて思う、絶望的な展望です。

新しいビルは、フリーダムタワーと言うそうで、見るからに不吉な姿をしていると思うのは私一人ではないと信じます。
最も恐ろしいのは、9/11記念式典で、宣言された言葉。
「我々は決して許さない。テロリストに対する戦いは、けっして終わることはない」
20世紀は戦争と難民の世紀だったけれど、21世紀はテロリズム(架空の)の世紀として続くのでしょうか。
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by keiorihara | 2011-09-18 17:42 | USA | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 13日

9/11 ナインイレブン

ジョージアにいるときは気にもとめていなかったのですが、ニューヨークにいるとやはり落ち着きません。
若手の作品を展示する美術館 MOMA.PS1と写真の美術館ICPが、September 11 のメモリアルの展示をやるというので見に行きました。

どちらにもがっかりしました。
PS1では、”あの悲惨なできごとをもう一度思い出すために”というキューレーターの企画で、” フィジカルに、エモーショナルに”、思い出すのに役立ちそうな作品を一人1点ずつならべたもの。
作品のほとんどは9/11以前に発表されたもので、破壊された車の残骸、風に飛ぶゴミが写っている写真、工業機械を焼いたあとの灰など、見ながらどういう語呂合わせなのだろうというゲームをしているようで、その作品の当初の意味を完全に殺してしまい、安易で浅薄に感じました。

ICP も同じく、”Remembering 9/11 Ground Zero ” とタイトルされています。
"National September 11 memorial Museum" との共同開催で、いわば政府へ協力した仕事。
FEMAの依頼で現場で働く人などを撮った写真家のドキュメントと、もう一人はスライドショーで、空港の格納庫に納められたツインタワー崩壊後の残骸をこれも当局の依頼で写したものでした。(広島の原爆遺品の写真の撮り方を彷彿とさせましたが)

若いアーティストが 9/11をどうとらえているか、どんな発想で驚かせてくれるか、と期待したのが間違いでした。
しかし、これほど政治的な事件にたいし、狂信のテロリストが起こした悲劇、としかとらえないアート、写真など、何の意味があるでしょうか。このことによって引き起こされたアフガン戦争、イラク戦争について言及することなど皆無なのです。あれほどたくさんの疑問の残る事件について、おかしいと思わない人はそんなに多くないはず。しかしアートがこれなのですから、9/11はアメリカの新しいタブーというものなのでしょう。
ならば、はじめから関わらなければいいのにと思いますが、アートも今はアメリカの大きな産業ですから、そんなものなのでしょう。

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 PS1 の窓から。とても曇った日でした。
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 作品ーへこんだ車体の一部
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 窓の外の方が面白い
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そのあとに行った、バッテリーパークと昔呼ばれていたグラウンドゼロとハドソン川のあいだの埋め立て地、いま呼ぶところのロックフェラーパークでおこなわれた 9/11 記念のパフォーマンスはよかった。
これは1958年初演のモダンダンス。(あるいはポストモダンの古典?)
幾つものグループが出たのですが、洗練されたものを見ると政治なんか忘れてしまいます。
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by keiorihara | 2011-09-13 16:50 | New York | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 07日

West Indian American Day Carnival

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きょうはちょっと、ブルックリンの話。

毎年9月最初の月曜日のLaybor day(労働者の日)に、ウェストインディアンカーニバルのパレードが、ブルックリンの真ん中にあるイースタンパークウェイで行われる。 カリブ海出身の黒人たちのお祭りだ。
30年前に写真を撮りにいったので、いまはどうなっているだろうと思い見に行った。
そのころはカリプソやサルサが全世界的に流行っていたし、音楽はラテン一色だった。大型トラックに1バンドずつ乗り込んで、その上でみな生演奏をしていた。
両側6車線+両側に並木+かなり広い歩道、その広い道2、5キロ余を埋め尽くす人の数にただただ驚嘆した。

そして今年、私の危惧は、もうラテンブームじゃないし、、、というものだったけど、行ってびっくり、さらに凄まじい人の数。
30年前にもその数を把握しようといろいろ新聞をかき集めて調べたが、ほとんど記述がなかった。
その年は発砲騒ぎで一人死んだので、そのことが小さなニュースとして出ていた。その新聞が、推定50万人と書いていた。

11時に開始されたパレードだけど、わたしは2時過ぎに行った。パレードはエンドレスにつづいていた。
決定的に違ったのは、音楽がヒップホップ1色になっていたこと。生演奏はなく、その音響は心臓が叩かれているような凄まじいボリュームだ。
それから国別の意識がかなり強くなっていること。いたるところで国旗と国旗をデザインしたスカーフやTシャツ、小物類が売られていた。Antigua&Barbuda(何と美しいデザイン!) とかBarbados とか、どこにあるんだという島々から、PanamaだのVenezuelaだのの中 南米の国まで、とにかくカリブ海とラテン系の国からきた黒人たちとその子孫が集まっているのだ。

今回パレードの道を端から端まで歩いてみて、とにかく加者数を数えることは不可能なのだということがわかる。
私の印象は、50万人どころではない、というもの。ニューヨークには200万人の黒人が住んでいる。
今年のあるネットのニュースでは、パレードにて47人負傷、(どうやらだれも死者は出なかったらしい。)参加者数15万人。
とんでもないと思う。

人種差別とはこういうことだ。どう考えてもニューヨークで最大のお祭りなのに、ニュースにもトピックにもならない。ほとんどの人はその存在さえ知らない。ゲイパレードなんて、何百人でもニュースになるのに、50万人でも、百万人でも黒人は無視なのだ。
だとしても、当事者たちにとって、白人やら他の人種が来てくれても別に嬉しくもないのかもしれない。
口コミで50万人やらの人が集まり、ものすごい数の土産物屋やカリブ料理のテントはみな個人営業の手作りで、まったくみごとに商業化していないお祭りなのだから。
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by keiorihara | 2011-09-07 16:28 | New York | Trackback | Comments(0)
2011年 09月 03日

旅の途上

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Woodside


3歳のときに、額を4針縫う大怪我をした。
生まれて最初の自意識のめざめだった。
知らない他人が私に立ちはだかっっていた。

手術後、みんなと一緒に遊ぶことを禁じられた。
広場のヘリに立った私は、それまでみんなと遊んでいた広場を、風景を、外側から広角レンズで見ていた。
私はそのとき世界に対して何も知らなかったが、知りたいという気持ちを意識した。

ある日、近所のMちゃんが、”テンキン”するのだと言った。
そしてある日、突然、その一家はいなくなった。
家のなかがもぬけの殻になったことは、わたしにとって、もの凄いミステリーだった。
Mちゃんの家族はこの世からいなくなったのではなく、知らないどこかで生きているのだと。
その知らないどこかに私がいったら、私は消えていなくなるのだろうかと。

4歳になる前に、わが家も”テンキン”となり、下関から ”支店の街” 福岡市に引っ越した。
小学3年で学校が変わり、毎学期ごとに親の転勤による転校生がぞくぞくと入ってきた。
友達はすべて転校生だった。そして私もまたどこかにいくのだと感じていた。

木造の建設省の官舎は、板塀にしっかりと囲まれて8軒あった。
12歳で私たちがまた転勤するまで、官舎のいくつかの家族が出たり入ったりした。
つぎの佐賀市は、わずか2年だった。
私の父は東京育ちで、どこにいっても標準語をくずすことはなかった。
母はすでに二代目の転勤家族育ち、出身地を聞かれてもどこと答えていいかわからないという人で、その土地その土地の方言を使いこなしていたようだ。
それはそうだ、土台がないのだから

私は今までも今も、自分の住んでいる場所にたいして、ここは仮の土地、仮の住まいという感覚をいつも持ってしまう。
私たちはいつも旅の途上。心の中では落ち着きたいと思うのに、なぜか遠ざかっていく。

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  Sunnyside
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Woodside
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by keiorihara | 2011-09-03 14:19 | Queens | Trackback | Comments(0)