折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

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2012年 02月 29日

クイーンズのチャイナタウン Flushing,China Town in Queens

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ガード下のビデオ屋。


地下鉄7番線の終点駅、フラッシング/メインストリート。
フラッシングの駅前周辺は、マンハッタンのチャイナタウンと並ぶ巨大な中華人街だが、マンハッタンが外部からの客が多いのに比べ、フラッシングの人口の44%がアジア人というくらいで、ここは圧倒的に住民のための店が並ぶ生活感あふれたチャイナタウンだ。
そして70年代から急速に成長した新しいチャイナタウンでもある。最初は台湾人が多かったそうだが、今は香港人、上海人をはじめ、メインランドの中国人がへだてなく混じり合っている。そして、この街には韓国人街もある。
ちなみに2010年で、中国人の人口はニューヨーク市58万人。サンフランシスコ17万人、カリフォルニア州全体で125万人。合衆国全体では335万人、なんと1、1%が中国系なのである。


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メインストリート

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奥の深い、懐かしいたたずまいの市場。

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昔の映画に、こんなふうにコートの袖を通さないでカッコつけてる俳優がいたような。。。


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ちょっとおやつに北京ダック。

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映画は圧倒的に庶民の娯楽なのですね、今も。

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人参をはじめ、漢方薬を売るお店の多いこと。


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蒸しマンジュウのような笑顔。

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新年はとうに過ぎていても、こういう飾りは一年中売れるようです。


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ウェディング用のネックレスだそうで。


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チラシ配りに高齢者が頑張ります。

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なぜか英語がない。クイーンズメイン図書館の前。

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人口密度が高くても歩き良いのはなぜ?
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by keiorihara | 2012-02-29 16:07 | Queens | Trackback | Comments(1)
2012年 02月 23日

ロングアイランドシティ  Long Island City 2012-4

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イーストリバーの向こう、国連ビルとクライスラービルを望む。
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by keiorihara | 2012-02-23 13:26 | Queens | Trackback | Comments(0)
2012年 02月 14日

番外篇ー津波被災地を旅して The extra issue-Travel to the tunami stricken area

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宮城県名取市


東日本大震災の被災地を、遅ればせながら訪ねた。一応カメラは持っていったがブログには載せないつもりでいた。
ニューヨークでの写真行為とはぜんぜん違うことに思えたし、だいいち、このブログのタイトルは「ニューヨーク写真日記」なのだから。
でも、なんだか、そのままにしていると落ち着かなく、先に進めない感じがつのる。
あまりにも遠いところに暮らし、マグニチュード9.0も経験せず、ネットのニュースやユーチューブだけで知った震災。震災1ヶ月目に帰国した時にまとめてテレビを見たが、やはり体感したかった。
そしてそれはとても大きな体験だった。
そこでこれは、またまた特別番外篇である。


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仙台市若林区
更地になった土地にポツンポツンと家が残っている。
左側の母屋は1階は筒抜けで、右側部分はすっかり無くなっている。
目に留まったのは2階の中央の窓にならぶいくつかの縫いぐるみ人形。窓は開けはなれて人の気配はないが、入り口の隅にプラスティックの盥と水タンクがおかれている。被災後に、この家の人はこの2階でしばらく暮らしていたのだろうか。しかし、いけどもいけどもコンビニひとつ残っていない。

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宮城県石巻市南浜町
実際に被災現場に立って思う。写真というのは、その奥行き、距離感、というものが写らない、ということ。この荒涼とした風景を伝えるには、360度の視界と、奥行きの写るカメラ(そんなものがあれば)が必要だと思う。
左側の建物には、大きな文字で「めだかの楽校」という看板が残っていた。高齢者のためのデイケア、リハビリセンターだった。

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石巻市門脇町
このあたりは洒落た店もある密集した住宅街だったようだ。
建物のために今まで見えなかっただろう小高い山を、どの更地からでも見ることができる。

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石巻市立門脇小学校
津波のあと、火災で燃えた校舎。

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日和山公園より石巻市門脇町周辺をのぞむ。
ここには写っていないが、海からずっと離れた石巻市街地、市役所、商店街も全面的に浸水し、今はきれいに片付いていたが、ゴーストタウンのようだった。いくつかのホテル、居酒屋などはぼちぼちオープンしていて有り難かった。

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宮城県女川町
女川街道から、市街地に入る。この町を襲った津波は15メートル。死者+不明者が945人(宮城県災害対策本部12/7)町人口の1割近い人が亡くなった。また家屋の全壊、半壊は7割にものぼる。

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宮城県女川町
女川町立病院の丘から市街地をのぞむ。ここは低階層といえども鉄筋コンクリートビルの建ち並ぶにぎやかな市街地だった。15mの津波は谷の奥2キロ以上を襲い、町は壊滅的な被害を受けた。
左手に見える建物は、水産と観光の町、女川町の観光物産販売施設「マリンパル女川」
新しいモダンなビルは堅牢だったが、1メートル以上の地盤沈下のため冠水を繰り返している。(ちなみに女川原発はここから車で25分の半島の突端)


石巻市で、友人の教え子である若い女性に会った。
震災直後から9月まで、ボランティアとして東京から通った。
がれき撤去、悪臭を放つヘドロ除去、それが最初のボランティアの仕事。
不明者がいる以上、重機でがれきを掘り返すことはできない。重労働である。ことに小柄な彼女のこと、たいへんな作業だったと思う。
そのうち、NPO「石巻災害復興支援協議会」で会計ができる人をさがしていて、
彼女が東京の会計事務所に勤めている人だと知られ、声がかかった。ここで働いてくれないかと。
一にも二にも無く返事をした。東京の住居を引き払い、石巻の住人になった。
彼女をこんなにも引きつける、ボランティアとその組織での仕事の面白さは、『奇跡の災害ボランティア「石巻モデル」』(朝日新書) を読めば納得できる。
ここには自治体の穴を埋めるボランティアではなく、行政と対等に、あるいは復興の主体となって人を組織し、行政と連携して働いたボランティア組織の大きな存在があった。4000人近い死者+行方不明者を出した石巻市は人口16万人、全国から半年で延べ10万人のボランティアを受け入れたという。

震災直後の気が遠くなるような瓦礫の山を思い起こすと、この見事に片付いた更地の風景は、震災の爪痕の大きさを示すよりもすでに、再生の道を歩む人びとの、その力の大きさを感じさせてくれるものだった。
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by keiorihara | 2012-02-14 04:01 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2012年 02月 02日

ロングアイランドシティ  Long Island City 2012-3

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ヘッドライトが壊れて、応急処置でしょうか。こういう車はマンハッタンには走っていませんね。(クリックして拡大しないと、よく見えないかもしれませんが)

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何かわからないモノ。

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歩道の上に作った小さなシソ畑。この倉庫の中には”梅シソ巻き”好きのアーティストが住んでいるのかもしれない。犬にウンチされたらたまりません、と控えめに注意書きがあります。

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これを描いたのは日本人?だとすると、グラフィティアートで売り出そうとしているコンテンポラリーのアーティスト? 中国人だと、shiroとは読まないし、、、といろいろ想像することの多いロングアイランドシティです。

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10年くらい前までは、ファッションを見れば日本人か韓国人か中国人かを言い当てることがだいたいできていたように思うのですが、今はまったくわかりません。しかし、こんなところを歩くのはやはり日本人でしょうね。

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1909年竣工のクイーンズボロブリッジの橋桁。道路(歩道付き)はマンハッタン59丁目に行きます。

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キャプションを書いた方が、写真を立ち止まって見てくれるような気がして気楽に書いていますが、本当はシャーッターを押すたびに、この3倍くらいのことが頭をかけめぐっているように思います。
このあたりは、ひとつ曲がれば何が見えるかわからないというわけで、ロングアイランドシティの散歩は、こうして延々続いてしまいそうです。
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by keiorihara | 2012-02-02 20:04 | Queens | Trackback | Comments(2)