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2012年 09月 30日

近所のお店  Store Fronts

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誰の目にも留らないようなささやかで貧しげな店。誰が何を買うのだろうか、と思ってよく見ると、意外と気遣いがある。
一房のバナナ、一本の人参、マンゴ、ソーダ、コーヒー、ビール、切らした石けん一つ。必要なものは何でもあり。
小さな子供が小遣いで買えるようなもの。親がわずかなお金で子供に買ってあげられるもの。
親のお手伝いで使いたくなるような箒、、、。
クイーンズには、こういうチェーンではない昔ながらのコンビニエンスストアが多すぎるくらいそこら中にあって、ちゃんと生きている。


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インド人経営のコンビニ。まさに隙間を埋め重なり合う宣伝飾りはインド人の真骨頂。



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ウィンドウに吸盤でつるしてあるのは、宝くじ? と思ったら、各社の電話カード。
アジアだのコロンビアだのガイアナだの書いてある。
国際電話契約をしていない(あるいはパソコンももっていない)人のための便宜的なものらしい。ちょっと、泣けてくる。



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これは酒屋。キリスト教の強いジョージア州では、安息日の日曜日には、酒屋は当然ながら、スーパーでビールさえも買えなかったが(ビール、ワインコーナーは消灯して、鎖で閉ざされていた)、ニューヨークは、この店も週7日営業。


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ラティーノ(中南米系)の食料品店。


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オーナーはバングラディッシュ人。中東系のモノが多い。


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さほど高価ではないけれど上等なこんな子供服の店もある。どちらにしても出身国を感じさせるお店ばかり。
ヨーロッパ系は、東ヨーロッパかアイルランドといった周縁国。トレンディと関係ない世界の落ち着きとシックさがありますね。
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by keiorihara | 2012-09-30 13:39 | Queens | Comments(0)
2012年 09月 26日

サニーサイドを奥に歩く   walk deep into Sunnyside

サニーサイドも全然歩き足りていない。
あまりにも多くの顔があって、”サニーサイド”と表記すると、どう写真を選んでいいか分からなくなる。
まったくもってとんでもない街だと思う。
そのくせ、クイーンズの別の地域の街の1枚を持ってくると、どうしても浮いてしまう。
やはり、サニーサイド、という匂いが写真に匂っているのだ。
何なんだろうと、頭を抱えてしまう。


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by keiorihara | 2012-09-26 19:28 | Queens | Comments(0)
2012年 09月 16日

ここはどこ?   

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これはクイーンズのジャクソンハイツで見つけたインド人の本物のリキシャ。
しかし、マンハッタンでも若者が必死で漕いで走っているのをよく見ます。
マンハッタンのリキシャは、観光ブームのニューヨークに新しく現れた若者の手作りの仕事です。
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ハラールフード(イスラム教に法った肉などの食物)の屋台。
これもここ近年、マンハッタンをはじめニューヨーク全域に凄い数、現れたもの。
多くの車がほとんど同じデザインなので、総元締がいるのだと思います。
カバーブ(またはケバブ)やジロー(ギロー)を丸い平らなパンにくるんで、唐辛子ソースやマヨネーズをかけてもらう。
4ドルでおいしく、食べきれないくらい。ニューヨークでは、ハンバーガーよりたくさん売れているのではないかという気がします。

クイーンズに住んでいるととくに、ニューヨークはイスラム人口が非常に多い(移民が急に増えた)と感じます。
イスラムの、目だけしか見えないブルカをかぶっている女性は少ないものの、スカーフをつけた小学生やら高校生やらの女子は毎日たくさん見ます。

それにくらべて、急激に減ったのはブラックモスリムです。911以降、刑務所での布教が禁じられたのだろうか、と思って調べてみたら、そんなことはなく、今でも、刑務所で新しく信仰を持つ人の80%がモスリムになるそうです。たぶん、アフリカンアメリカンは、あきらかにイスラム教徒だとわかる目立ったいでたちを以前のようにしなくなったのでしょう。
911以降に増えたのは、イスラム教徒に対する差別•偏見、そしてヘイトクライム(憎悪犯罪)だそうです。
80年、90年代、ブラックモスリムの家族は親子みんなで、グレーや茶や紫などの布をたっぷり使った回教徒の服装をしていて、たたずまいも良く、日々の生活態度の美しさを思わせるステキさがあったのですが。
このころ、黒人たちの急激なイスラム化を、アメリカ政府は随分恐れていたはずです。


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by keiorihara | 2012-09-16 12:26 | New York | Comments(0)
2012年 09月 07日

 ゲイ と ゲイパレード       Gay &  Gay Pride

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ニューヨーク大学の校舎のウィンドウディスプレイ。
以前は、なぜそんなにアメリカではゲイに対して騒ぎ立てるのか、いやゲイ自身もまたアナウンスしたがるのかと不思議に思ったものです。
カミングアウトは素晴らしいことだと思うけれど、あいまいなまま、適当に混じり合って生きている日本人のゲイやレズビアンの生き方だってあっていいのでは? と思ったりしたものです。でも、ここには日本とはまた違った厳しい現実があります。

右のポスターに[stop the church]とあるように、ほとんどのゲイ差別の元凶はキリスト教の教会です。
そしてゲイを否定する人たちは、左のポスターのT-シャツにプリントされた[Thank God for AIDS]のように、「神様ありがとう、エイズをゲイに与えて殺してくれて」というくらい、その残酷な発想が当たり前のことと思っている人たちです。

ご存知のように、旧約聖書にある「ソドムとゴモラ」の町で行われていた「甚だしい淫行」というのは同性愛をさしています。
といっても、日本書紀がそうであるように、これだって、後世の人たちによって書かれたり解釈されたりしたことなのだと思いますが。(そのへんはよくわかりませんが)
とにかく、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教(イランやサウジアラビアなどのイスラム原理主義国にいたっては死刑)では、ゲイは否定されているのです。
そういう否定の長い歴史を持った西洋•中東諸国と、そのような規定がどこにもない歴史を持つアジア諸国では、存在の基盤がぜんぜんちがうのです。

ニューヨークに住む、私と同年代のゲイの男友達の話です。
青年時代、ヴァージニア州の公立高校で美術教師をしていたのですが、ゲイであることが知られて、それが理由で教職を首になったそうです。
彼は、言われなければまったくわからないマッチョでもオネエでもない二枚目で、ゲイであることで特別なことを生徒に話したり、行動したりということをしたわけでもありません。プライベイトなことを知られたにすぎません。
「この国では、ゲイであることは犯罪なんだ」と彼は言いました。30年前のことです。

彼は、キリスト教というのは倒錯の宗教だ、と言いました。
なぜなら、「子供に父親の裸を見せるのはタブー」ということで、子どものころに実際の男の裸というものを見たことがなかったそうです。
そういえば、アメリカ人の子供の多くは、乳飲み子の時を除いて親と入浴することがないようです。
赤ん坊がすわれるようになれば、子供だけをバスタブに入れて、親は服を着たまま子供を洗ってやったりするわけです。
親子であっても、セクシュアリティに関して、きびしいのです。

日本では、子供はお父さんやお母さんと一緒にお風呂に入るので、たいてい親の裸を見ているのではないでしょうか。
「恋愛感情というのは神秘な対象に対して起きるもの、それが僕にとって、男のほうだった、ってこと」
クリスチャンは、性に関して、同性関係というのをもっとも危険なものとしているから、必要以上に遠ざけられていたのでしょう。

このゲイの友達は、キリスト教がゲイ•レズビアン差別をして来たことに、過剰反応をしているかもしれません。
この点に関しては、ゲイの結婚の法制化をすすめると宣言したオバマ大統領は、立派だと思います。(対立候補のロムニーが、福音派などのキリスト教保守を全部さらうのは必至とみたので、態度をはっきりさせたほうが得、と考えただけの話かもしれませんが)

差別を本当になくすためには、法制化は絶対だと思います。どんなに女性解放運動があり女性たちが強くなったと言われても、人の話題になっても、本当に社会的な男女差別が減って、人びとの意識がかわって来たのは、男女雇用機会均等法(85年)や男女参画社会基本法(99年)が、法として成立してからです。そしてその前に、給与差別や待遇差別などを訴えて、裁判で闘ったたくさんの勇気ある女性雇用者たちの積み重ねがあったのです。

私は日本でも、ゲイ•レズビアン(今では LGBT= Lesbian, Gay, Bisexuality,Transgenderという)の結婚の自由を法制化し、堂々と養子縁組ができて、家族をもてる、そういう基本的人権を保障することによってしか、ゲイの解放と差別意識の撤廃は、かなわないのだろうと思います。
つまり、ゲイのことを話すのに、コソコソ話のような身振りをしたり、片手を口元に当てるジェスチャーをしたり、ニヤニヤしたりなどということをやめ、そして本人のほうは、いじめにあったり、隠さなければいけなかったり、自信を持てなかったり、自己嫌悪したり、擬制の不幸な結婚をしたりなどということから逃れるために、同性愛という愛の形が認められ、人権を認められて、法的な結婚が保障されることが必要なのではないかと思うのです。
結婚なんかする必要がなくても、その権利があることが大事という意味で。


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by keiorihara | 2012-09-07 04:17 | New York | Comments(0)