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2014年 01月 23日

都知事選のこと、再び

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Sunnyside, Queens


前回、都知事選挙のことを書いたあと、こんな遠くにいてこんなことを書くのはもうやめようと思ったのですが、やっぱり考えるのがやめられず、ついには、わたしたちは小泉純一郎に騙されているのではないかという気分になって来たのです。

わたしははっきり覚えています。
2001年、小泉純一郎が首相になって初めての訪米でブッシュに会いにいくときのTV映像です。私が見たのはニュースというよりトピック、あるいは首相に関する小ストーリーだったと思います。
政府専用機に乗りこみながらドアのところでカメラを向けた記者にふり向いて、(多分顔見知りの親しい記者だったに違いありません)こう言ったのです。
「大丈夫、日本はアメリカの言う通りにしていれば間違いないんだ。アメリカの言う通りにすればいいんです。間違いありませんよ。じゃあ、行ってきます」
こう乗り込みながら答え、最後の言葉は着席する寸前だったと思います。
私はとっさの発言とはいえ、これはひどい、一国の首相が国民に向けてそんな、子供のような発言をしてもいいのか、いや、発言の善し悪しの問題ではなく、この人のオツムの中はきっとこれがすべてなのだろう、そう思わせられるほどはっきりとした、はしゃいだ声だったのです。

そのときから始まった日米年次改革要望書。それ以来アメリカから要望書が来るたびに、小泉首相はアメリカの要望通りに ”改革” しつづけ、郵政民営化をはじめとして労働者派遣法、建築基準法改正、法科大学院、裁判員制度、そんな話どこから出てくるの? 何のために? というような、あるいはそれまで国内で規制緩和に向けて問題にしていたわけでもないような、しかしかなり大きな ”改革” を実行してきました。

で、この要望書ですが、ウィキペディアを読むと、アメリカからの大きな要望の数々をムリヤリ、力づくでも受け入れたのに、日本からの要望はこれまで ”ひとつも” 実行されていないのだそうで。(日本からの要望は、駐在員の運転免許証のとり方の不都合を改善してほしいとか、そういう些細なことばかりなのですが)
しかも、日本からの要望は日本語で堂々と外務省の公報に載せるのに、アメリカからの要望はアメリカ大使館のサイトに英語で載るのみでした。
「郵政民営化をはじめとする構造改革の真相を国民が知ることとなったら暴動が起きかねないので、マスコミ対策は用意周到になされていた」と、関岡英之らの意見として、ウィキペディア[年次改革要望書]に書かれています。
TVはおろか大新聞も要望書を掲載するどころかまともに報道さえして来ませんでした。(ちなみに要望書の交換は鳩山内閣時代に廃止に)
手にしたアンチョコ(死語?)を隠したがるずる賢い生徒のように、こそこそと、しかしそのとおりに答案を書いて来たのが小泉純一郎という人、そのことを忘れてはいけないと思います。
ブッシュ親分の言うとおり、すぐさまテロ対策特措法を成立させ、イラク特措法、有事関連七法案とつぎつぎと日本を軍事の仲間入りさせて来たことを忘れてはいけないのです。

とすると、”脱原発”もアメリカさんの言うとおり、のことなのかもしれません。
いまアメリカではシェールガスが注目され、新しい採掘法や輸送法などの開発が進み、近い将来はアメリカはシェールガスの輸出国になるらしいのですが、そうなると真っ先に日本に輸出されるにきまっています。
もしかしたら、小泉はその利権にすでに関係しているのかもしれません。
アメリカは、原発など再稼働してもらうより、その後の処理のほうに興味をもっているかもしれません。
使用済み燃料棒を取り出す技術、たとえばもう日本のロボット技術はアメリカに買われてしまっているのです。(廃炉処理に対しては、国際協力を求めないと、とても処理できることではないと思っていますが。)
そして使用済み燃料棒の行き場は日本にはない。もしかして、そこから生まれるウランやプルトニウムという核兵器の材料を手に入れるためにアメリカがもらってあげようと、小泉氏と密談しているのかもしれません。

だいたい保守本流の自民党の総裁が、「改革」なんて言うこと事態、うさんくさいと思いましたよね。
そして、福島原発事故後の省庁のふるまいを見ればわかるように、改革しなければならないものは、何一つ改革なんてしていないのです。
でも私たちは、彼の”脱原発”を信じました。

しかしそうなると、細川護煕って、何者? ということです。
もしかしたら、やくざ小泉の得意な、刺客?
親分(小泉)に歯向かった子分(安倍)にたいする報復の?

細川氏のことを云々しているのではありません。
人気役者、小泉純一郎のおかげで当選しても、この人とはあまり親しくしてほしくない、ましてややくざ関係などしてほしくないと思うのですが。



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Sunnyside, Queens
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by keiorihara | 2014-01-23 04:57 | 日本とアメリカ | Comments(6)
2014年 01月 16日

選挙って民主的?  

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Bryant Park, Manhattan
クリスマスの日25日から12夜をへる1月5日まで、エンパイアステートビルはクリスマスカラーで彩られま した。
ニューイヤーズデイのお祝いは、12月の31日に集まって、文字どおり、元旦になった夜中12時の瞬間に乾杯で祝う、というのが一般的のように思います。そして1日は祭日ですが、2日からは通常の勤務です。しかし25日から5日〜1週間くらいクリスマス休暇をとる人も多いようです。


日本の人が「アメリカのお正月は何日休み?」なんていって来たので、何だか遅すぎる写真と話題だなあと思いつつ、数日前に更新した(つもり)のですが、今見たら、更新されていなかった!  まあいいか、まだ1月だし、、、なんてね。

アメリカの飽くなきキャピタリズムの追求の話を続けるつもりでしたが、日本のニュースに愕然として、、、都知事選の話です。
細川護煕が脱原発を掲げて、小泉純一郎の支援を受けて立候補した。
細川氏は昔から人間的に?の人だったけど、つくづく今回の立候補の仕方はえげつないと思う。
本当に脱原発を訴えたいなら、はじめから脱原発を掲げて立候補している宇都宮健児氏を応援して声をあげれば、すばらしかったのに、と思う。小泉に声をかけられ、たったの数日間考えたあとの出馬。(マスコミの報告を鵜呑みにすれば、ってことだけど)。
戦国時代のなんとかの陣、そのものですね
細川氏はこう言ったのだ。「勝ち負けじゃない。脱原発を訴えたいから」と。じゃあなおさらです。
つまり都政だの地方行政だの考えたこともない人が、小泉の脱原発の一声に刺激されて、「オイラもあんな風にかっこ良く声をあげたい。これはチャンス」と。

政治家の多くがそうなんだと思いますが、この人も殿様になりたいのだと思う。(もともと殿様だし)
しかしこういう文章を読んで、考え込んでしまいました。要約を省略するので、読んで下さい。
東京都知事選 ~ 細川出馬なら、宇都宮氏は勇気ある撤退を(ブログ:誰も通らない裏道)

2000年のブッシュとゴアが争った大統領選を思い出します。僅差で(多くのちょんぼで)ブッシュが当選したとき、同時に大統領選に立候補していた緑の党候補で環境運動家の ラルフネーダー氏(60年代から根強い人気の、大資本と真っ向から対立する市民運動家)が、その2.7%(288万)の得票で、はからずもブッシュを勝たせる結果をもたらしたと言われたのです。
その後の2004年、2008年にも、ネーダー氏は自分の意思を伝える手段として、立候補をしつづけました。
しかし、ネーダーファンは悩みました。そして苦渋の決断で、共和党よりまし、とケリーやオバマに投票したのです。

ゴアがいくら怪しい人物だとしても、ブッシュよりはるかにマシといえるのではないか。
ゴアがなっていたら、アフガン戦争、イラク戦争で、こんな悲惨な殺戮をくり返す結果になったでしょうか? 
だいいち、9・11自体が実行されていたかどうかもわかりません。
(これもまだ私の楽観的すぎる見方と言われるかもしれませんが。誰がなろうと、民主党であろうと共和党であろうと、このシナリオは、すでに作られていた、ということかもしれませんが)

しかし、有権者はどうしてこんなに苦しまされるのでしょうか?
宇都宮氏はネーダー氏のような弱小候補とは違いますが、しかし、細川出馬でもう話がついたようなものでしょうか。
でも、意外と宇都宮さんは人気があるようで、票が割れて、自民党舛添が、、、となると、最悪の展開です。
こういう決断をせまられて、有権者はいつもむなしい思いばかりしています。
これが民主主義、私たちの声を政治に反映するもっとも有効な手段なのでしょうか?
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by keiorihara | 2014-01-16 01:33 | 日本とアメリカ | Comments(3)
2014年 01月 06日

雪の墓地

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Calvary Cemetry

1月3日、朝起きると雪が降り積もっていました。
お天気はよく、でも寒そうなので、外の気温が上がってから外に出ようと待って、いちばん暖かそうな時間に外に出たのですが、零下11℃でした。
雪の白がただ美しく、家からどんどん商店街やら住宅街を離れて歩きました。
カソリックのカルヴァリ墓地の周囲をぐるりと歩き、正面入り口に入って行きました。
何と、雪かき車がこんなにきちんと道を整地しているではありませんか。
寒さで雪は溶ける様子はなく、細やかな粉雪はちょっとした風に、吹雪のように舞い上がるのです。
思い出したのは函館のトラピスト会女子修道院を訪ねた日の雪景色。
粉雪が吹雪いて先が見えないくらい杉木立がまっすぐ続いていました。


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カルヴァリセメトリーは、1.5平方km。
300万体が土葬されている、全米でもっとも埋葬者の多い墓地だそうです。


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こんな日にお墓参りをする人がいるのです。
お墓の中で寒い思いをしているのじゃないか、と、いても立ってもいられない気持ちになったのでしょうか。
すれ違った時の気配で、そんな感じがしました。
左手に何か重みのあるものを持っていました。


寒気の中を2時間ぐらい歩いていたので、さすがに足指が感じなくなるどころか、鋭く痛み始めました。
しかし、シベリアの零下40℃というのはどんな寒さなのでしょう。
先日読んだ本を思いました。

『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』辺見じゅん著(文春文庫)
戦後ソヴィエトに抑留され、厳寒と重労働と飢餓、そしてくり返される拷問の中で、ひとりの男(山本幡男)が俳句や短歌を教え、勉強会を開き、、、
俳句や歌や詩をこんなに泣きながら読んだのは初めてです。
ヒューマニティ(人間性。人間として生きること)の根源、アートというものの本質に触れ、心が震える思いでした。

山本氏が収容所で息を引きとる前に、家族にあてた遺書を仲間に託す。
しかし、帰国時に文字の一字も持って帰ることは許されない。
そこで、長い4通の遺書を命がけで皆が記憶して持ち帰るという驚くべき深い友情、あるいは人間としての仁義。あるいは、、、人びとが感じていたのは、ミッションなのではないか。

極限状況の中で、こんなに立派に生きた人がいるということ。いや、人たち。
どうしてこんなに泣けるのでしょうか、自分は何に感動して泣いているのか、そのことをとても知りたくなりました。
シベリアの途方もない異国の極地で、いつ帰れるか、いや果たして帰れるのか、もうそのことだけでも泣けてしまいます。
明治時代のハワイ移民を描いた映画「ピクチャーブライド」で、工藤夕貴がハワイの浜辺にたたずみ、果てしない海を黙って見ている場面で、止めどもなく涙がこぼれた、そのことに共通することかもしれません。

ぜひみんなにお薦めするノンフィクションです。
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by keiorihara | 2014-01-06 16:41 | Queens | Comments(1)