折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

keiorihara.exblog.jp
ブログトップ

<   2017年 11月 ( 1 )   > この月の画像一覧


2017年 11月 11日

番外篇 * 愛しのシリア 1990 第2回

a0215638_15522771.jpg
ベドウィンの家族

ガイドのラフィックさんの運転する旧式のボルボは、パルミラに向かってシリア砂漠を砂ぼこりを立てて走りつづける。
ゴロゴロとした塊まじり、乾いた草まじりの固い砂の荒野は、お世辞にも美しい砂漠とは言えない。
車窓からは熱風が頬を叩きつける。

しかし、空は高く深く、空はあまりにも大きい。
すべての視界が空と砂だけ。重要なものは何もない。あるのは空間だけ。
わたしのような無宗教者にさえ、コーランの詠唱が確かに聞こえたような。。。アッラー〜〜アクバル!
かつてこれほど大きな自然の中に神の存在を感じたことはない。

ダマスカスから遠くはなれて、道路から荒野の向こうに小さくポツポツとテントが見える。
ラフィックさんに頼んで、道路をはずれて砂のなかをテントまでゆっくりと走ってもらった。
ベドウィンのホスピタリティについては読んだことがあったけれど、、、まぎれもなく、ほんとうにあまりにも自然。


a0215638_07501707.jpg
入れ墨をした女主人(彼女の堂々とした立ち居振る舞いの美しさ)



a0215638_05271289.jpg
まだ6〜7歳だろうか、弟を抱いた瞬間大人の顔になった



a0215638_07501609.jpg
一休みさせてもらった部屋 (どうやら、この家族または親戚じゅうで彼女が一番偉い人のようだ)




a0215638_05272311.jpg
ご夫妻 (水はラクダではなくエッソのトラックで。昔は国境なんて関係なかったからどこにでも行けた。けれど、いまはパスポートがいるので自分たちにも国境ができてしまった。子供も学校に行かなければならない。。。そんな話を聞いた)




a0215638_11091915.jpg
同行の詩人、吉増剛造さんとラフィックさんらに別れをする女主人。(吉増剛造氏の文章は雑誌掲載の後 ”されど静かなるシリア”(写真折原恵)と題して、単行本『越境者たち』(TBSブリタニカ刊)に収録された)
子どもたちが注目しているのは女主人(母?)彼女のふるまいを畏敬の念をもって学んでいる子ら。
男の子の、”自分が守る”という自負の態度。



ベドウィンとは、シリアからアラビア半島、北アフリカにもまたがるアラブ全域に存在する遊牧民のこと。
砂漠のテントに住み、羊やヤギを飼い草の状態で移動しながら繁殖、売買して暮らす。
1959年にはアラビア半島の四分の一の人口がベドウィンだったらしい。
しかし現在はアラブトータルで2000万人、シリアで62万人(2013, Wikipedia) と言われているが、実際はシリア30万人、アラブすべてで400〜500万人くらい、そのうち伝統的な暮らしを続けているのは実態で6〜7%だろうという話だ。(シリアー遊牧民篇)
つまり、都市に住み遊牧生活から離れても、自分のアイデンティティをベドウィンだと答える人がたくさんいるということだ。(反対に親がテントに暮らすベドウィンであることを隠している人もいるらしいが)

90年代のシリアの議会では、国会議員のベドウィンの割り当て議席は6議席で、これは人口の3%に当たった。
そして2010年の選挙では、国会議員の12%がベドウィン起源となった。
父アサド大統領も、ヨルダンやサウジに行ったベドウィンに、戻ってきて国の経済に投資するよう呼びかけていた。
議会にマイノリティ割り当て議席を持った国、どう考えても独裁者の国とは思えないのだけれど。



a0215638_13435086.jpg




[PR]

by keiorihara | 2017-11-11 10:13 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)