折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

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2014年 11月 09日

サニーサイドの映画館 Sunnyside Cinema

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うちから2分の映画館。こんなところでも8スクリーンあります。つまり同時に8つの映画が上映されている。しょうもないハリウッド映画ばかりなので行ったことはありません。それこそ昔の映画に出てくるように古っぽいですね。
となりは、アツアツの美味しいフィッシュバーガーや本物のハンバーガーが食べれるアイリッシュバー。ギネスを飲みながら、時々こういうものでお腹いっぱいになるのもいいものです。


ところでうっかりしていました。友達がブログで通知したらいいのに、というので、今頃思いついたのです。
じつは今東京にいて、写真展をやっています。

折原恵写真展 The Garden    ジョージアに住んでいた時の写真です。
新宿ニコンサロン(新宿駅西口エルタワー28階) 17日の3時まで。
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# by keiorihara | 2014-11-09 09:37 | Queens | Comments(1)
2014年 10月 23日

フェリーに乗って Ferry for Far Rockaway Beach

だいぶ前のことですが、フェリーに乗ってロングアイランド沿いと大西洋を眺めながら、ファーロッカウェイビーチというクイーンズのパブリックビーチに行ってきました。
1時間もフェリーに乗ってたったの3ドル50セント(たぶん通勤に使う人がいるからだと思います)。夕日を帰りに見るつもりで遅い時間に出発しました。
夏の終わりのビーチはどこか寂しくて、胸がキュンとします。

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ここからはフェリーからの眺め。


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コニーアイランドの夕景


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# by keiorihara | 2014-10-23 05:23 | Queens | Comments(3)
2014年 10月 05日

夏を惜しんで

夏の写真をあまりやらないまま秋になってしまったので、短い夏を惜しんで夏の光景を。

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かき氷屋さん。なんと機械もなく、手でかいている! でも、ちゃんとお客さんが。
大昔に、家でこんなことをしたような、、、


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こんな暑い日があったのか、と思えるような今年の冷夏でした。


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男性はクロアチアのサッカーチームのユニフォームデザインを着ているようです。そういえば今年のアメリカでのワールドカップ熱はすごかった。



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ここは近所の毎朝来る公園ですが、どこでもアメリカの子どもたちが公園の遊園地で遊ぶところを見ているのはとても興味深いものです。
たとえヨチヨチ歩きでも、保護者はドッグランに犬を放つように、遊園地に入ると子どもを放つのです。
どの子もまっしぐらに走る。子どもは遊んでいる間、親を見るなんてことはありません。遊ぶことへの集中力もすごい。
そのうち、ひとりが別の遊具へ移動すると、ひとりふたりが追って移動したりします。ベンチに座った親は、子の移動に気がつくと子どもの方へ近づいて、危なくないかしかし距離をとって見守っています。
ケンカも見ました。その時は保護者が子どもを引き剥がしていましたが。

ある日のこと、ベンチに座ってべビーカーの赤ん坊を見ていたパパのもとへ、ヨチヨチ歩きの男の子が駆け寄ってきてこう言います
「ダディ、ブランコで遊びたいんだけど、僕をブランコに座らせてスウィングしてもらえる?」
ブランコに届かないような背丈の、まるで赤ちゃんみたいな子が、Could you~? と、ていねいに親にお願いするのです。
その声と、その内容のちぐはぐさに、日本人の私はびっくり。
家族は社会の最小単位、親子の間でも、きちんとしたコミュニケーションを訓練されるアメリカの子どもたちです。





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# by keiorihara | 2014-10-05 04:10 | Queens | Comments(2)
2014年 09月 12日

ナイン・イレヴン  9/11

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13年目のナイン・イレヴン。灯りがともる新ワールドトレードセンター。

たくさんの陰謀論の本が出版され、はっきりと同時多発テロの多くの矛盾点が証明されていても、9/11はアルカイダが起こしたテロであり、イスラム教は敵であり、すべてのアラブ人は疑われても仕方がない存在として、脚本通りにメインストリームのマスメディアでは語られている。
まるで、日清日露の戦争も、日中戦争も、太平洋戦争も、アジアの国々を助けるために起こした戦争だと、少し前は偏った右翼しか言わなかったことが、今日メインストリームになりつつある日本のように、どう考えてもそんなことがまかり通るはずのないことがまかり通っている。
パワーというものに魅せられた少数の権力者によって、国が崩壊されつつある。
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# by keiorihara | 2014-09-12 03:08 | USA | Comments(0)
2014年 08月 18日

朝鮮戦争モニュメント Korean War Monument

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フラッシングにあるキセナパークで遭遇したモニュメント。
朝鮮戦争1950−1953 The Forgotten War と刻まれています。

何だかとてもリアルな像で、泥に浸かったような軍服が重そうで、もうこれだけで戦争のつらさが伝わってきます。そう、忘れられた戦争、です。
じつはこれを見た瞬間、1937年に中支(中部支那)の前線に従軍した父が、揚子江の支流の泥の河にもぐり、藁1本で呼吸しながら対岸に渡ったときの姿を思い浮かべたのでした。


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朝鮮戦争そのもののこともそうですが、その犠牲者の数のすさまじさも意外と知られていません。北朝鮮軍、韓国軍、中国軍、アメリカ軍、それに連合軍、あわせて200万人の兵士の死者、民間人の犠牲者も推定200万人と言われています。



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10年以上前のことですが、ニューヨークに着いてケネディ空港から乗ったタクシーの運転手が高齢の方で、名前からコリアンのようだったので話しかけたことがあリます。多分、いつからニューヨークに住んでいる? みたいなことを聞いたのだと思います。
けっこうお喋りなおじさんで、朝鮮戦争の戦火の中を貨物船の船底にひそんで、ここまでついたのだと言います。

「家は朝鮮の北の方の農民だった。ただ死にたくない一心で逃げて、そうだよ、逃げたのはひとり。若かったからね。ついたところがアメリカだから、もう帰ることもできないよ。それ以来、家族とは生き別れ、親兄弟が生きているのか死んだものかさえもわからないままよ。でも、私はこうして生きているのだから幸せだね!」
アメリカに行く船ということだけは乗る前に聞いていたけれど、アメリカが地球上のいったいどこにあるかさえ、よくわからなかったそうだ。
私は話を聞きながら、多分、母国でほとんど学校に行ってなさそうなその人が、こうしてハンドルを握り、当然ながら永住権もとり、早口の英語で明るいお喋りを楽しめるようになるまでに、どれだけの苦労をしただろうと思いました。

わたしは大人になってだいぶたつまで朝鮮戦争のことをよく知りませんでした。これがどんなにすさまじい戦争であったか、どんなに理不尽な戦争であったか。
日清戦争も日露戦争も、朝鮮が欲しくてたまらない日本の財閥や、朝鮮支配を出世の階段としたい政治家やら官僚やらの支配層が、他国の関係にいちゃもんつけて起こした戦争であり、朝鮮を戦場として多大な犠牲者を出した。そして日韓併合。36年間の日本の植民地支配。
日清日露のいきさつは、角田房子著 『閔妃暗殺』 

閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母 (新潮文庫)

角田 房子 / 新潮社

に詳しいので、とてもおもしろいノンフィクションですが、日韓関係史の暗部を知るのにおすすめします。

朝鮮は、日本の帝国主義侵略の犠牲者であり、太平洋戦争の戦勝国であるはずなのに、日本の敗戦と同時に、連合国の合意によって、国を資本主義陣営と社会主義陣営に分断されてしまいます。その後はこんどは冷戦の代替地として戦火にさらされます。ずっと踏んだりけったリです。

フラッシングの図書館で、以前に朝鮮半島の現代史記録映画のDVDを借りたことがあります。それは、朝鮮半島の民衆運動史であり、それは抗日運動史であり、それをみると抗日の組織は網の目のように朝鮮半島全体に行きわたっていたということがわかります。北からの革命軍と同時に、アメリカ軍に抵抗する抗日運動で育った民族解放軍がいて、これはまったくベトナム戦争とおなじ構図です。もしアメリカが介入していなかったら、朝鮮はベトナムのような社会主義国になっていたはずです。
しかし、日本が朝鮮半島を植民地にしていなければ、抗日運動という抵抗の歴史はなかったわけで、それがなかったら、北朝鮮も生まれてなかったかもしれません。
そして、日本が中国を侵略していなかったら、中国は社会主義革命をやったかどうかと思います。抗日運動という草の根の下地があってこそ革命戦線を張ることができたように思うからです。だからこれらの国のふたりの独裁者(毛沢東と金日成)を生んだのは、帝国主義日本の侵略だったのかもしれません。
それにしても、隣の国だというのに、私たちはまだまだ知らないことが多すぎます。
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# by keiorihara | 2014-08-18 13:35 | Queens | Comments(5)