折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

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2013年 02月 18日

ある日のセントラルパーク2   A Day in Central Park 2

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Central Park, toward evening.



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Covered with thin ice.




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The Lake, frozen over.


写真をデジタル化したら、やたら新しいことを学ばなければならず、
もう人生時間が残り少ないというのに、何でこんなことに時間を費やさなければならないんだと思ってしまう。

人間はなぜもこんなにややこしいことに精力を使うようになったのか。
写真というのは光学が、直接身体と精神にすんなりと入って来るものだった。
カメラも引き伸し機も、光というものを自分の手で、あるいは心で、フィジカルに左右するものだった。
撮影も暗室作業も、今から思えば、身体で覚える労働だった。

写真の整理ソフト、編集ソフトなんかを、マニュアルと首っ引きで、
このところ、新しいソフトを使いこなせるようになろうと、苦手な部分の頭脳を使っているわけです。
暗室は、職人の世界だったなあ、とつくづく思う。
基本はじつに簡単、あとは自分の勘や経験とセンスで錬磨できる。
私は暗室作業が大好きでした。

確かに、デジタルカメラになって、撮影はずいぶん楽になったと思う。
そして気楽にもなった。フィルム代や現像代の心配をしなくていい。
でも、ダークルームがライトルームになって、ほんとうにややこしい。

それこそ私は人生も半ばをとうに過ぎて、他の国に移民したということだけで、もう精一杯で、
覚えなければ、あるいは身につけなければならない新しいことが人の百倍くらいあるような気がしているのに。
それなのに、その上、デジタル化である。

ごめんなさい。更新が遅れた言い訳をしているようです。
でも、なんだかんだといっても私は、ブログという表現形態を気に入っているのです。
辛抱して勉強しよう。
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by keiorihara | 2013-02-18 10:06 | Manhattan | Comments(0)
2013年 02月 06日

ある日のセントラルパーク    Central Park Reservoir

セントラルパークは、どんな季節のどんな時に行っても美しい。
若いときは、はっきり言って、退屈なところ、としか思わなかった。
もちろん美しいけど、だからどうなの? って感じで。

しかし、30数年後、私はここに来るといつも溜息をつく。
何というライン、何という造園、植物に対する行き届いた眼と労働、センス、配慮、、、

ニューヨークの冬は毎日曇り空、寒くて憂鬱で、
でも、ここに来るとホッとする。
この日はメトロポリタンミュージアムから入って、セントラルパーク貯水池を歩く。
夕方、つかの間の日差し。


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ニューヨークを舞台にした映画でのジョギングのシーンはたいていこの周り。
驚いたことに、セントラルパーク•レザボワと呼んでいたはずのこの有名な貯水池は、いつの間にか、ジャックリーヌ•ケネディ•オナシス貯水池と名付けられている。
字が大きいのは寄付の額がよほど大きかったせいか、と嫌みを言いいたくなるくらい。
寄付者の名前を、公園、学校の建物などの公共の場に付けるのが昨今の風潮で、美術館など、すべての部屋にいちいち長たらしい名前がついていて、夫婦連名なんかになると、じゅげむじゅげむ、じゃないけれど、いい加減にしてよと言いたくなるくらい長い名前がついていたりする。
アメリカの金持ちというのは、恥を知らない人種だと思う。
あれ、美しい貯水池の話だったのに。。。。
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by keiorihara | 2013-02-06 14:40 | Manhattan | Comments(0)