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2013年 03月 12日

コロナ 2   Corona

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地下鉄7番線の高架下。
高架の真下を走るローズヴェルトアヴェニューは、終点のチャイナタウンまでずっとヒスパニック通りですが、このあたりはアフリカンアメリカンの中産階級の良質の落ち着きと、穏やかな低中級のヒスパニック住宅地とが混じり合っていて、かえってディープな雰囲気を醸し出します。

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アカ抜けないけれど、赤くて熱いヒスパニック。


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地下鉄高架下の教会。
ヒスパニックのカソリック教会が、明るいのか暗いのか。彼らのミサに同席したことがありますが、その哀感よりも、騒々しい人びとという印象が勝ってしまうのはなぜでしょうか。


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111St. stationそば。



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111St. 駅.
高架に上がって改札に向かう。こういう場所の思い出があるわけじゃないのに、何だかなつかしい。


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111St. のプラットフォームからビルの屋上を見る。


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111St.駅の階段踊り場から。
映画みたいだなあ、と思う。
でも、見ているものが違えば、誰もこの風景が映画のようだなんて思わないのだろう。


ヴェネズエラのウゴ•チャベス大統領のお葬式が3月8日に執り行われました。
産油国であり、巨大な格差を壊そうとはっきりと反米路線を打ち出して低所得層の圧倒的な人気を得ていたラテンアメリカのリーダー。 
憲法改正をして大統領三選(前の憲法では二回まで)を勝取り(ちょっと独裁的に聞こえますが、民主的な手続きを踏んだ上でやっていることです)、社会主義革命を目指して、今自分がやらなければ誰がやる、アメリカに支配され続ける中南米であってはならない、という熱い思いは人びとを動かしました。
しかし3回目の就任式も果たせずに、58歳という若さでガンで亡くなったのです。ちょっと泣けてしまいました。
デモクラシーナウ! Japan
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by keiorihara | 2013-03-12 08:12 | Queens | Comments(2)
2013年 03月 06日

コロナ       From East Elmhurst to Corona

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ラガーディア空港のそばに邸宅の並ぶ通りがありました。
そこから、地下鉄7番線の111Stまで、コロナ地区を歩いてみることにしました。
1921年にNew York の最大の遊園地North Beach が閉鎖され(そのあとオープンしたのがブルックリンのコニーアイランド)、
その跡地に1939年、ラガーディア空港が開港する頃までは、イタリア系アメリカ人を中心とした高級住宅地だったようです。


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イーストリバー沿いの美しい邸宅だったところは、下に高速道路が走り、人種の変動もあり、地下が下がって、そのあとは家の手入れもしない住人が住んで幾年月、という感じでしょうか。



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中には、新築の家もありました。一軒の敷地が5軒の家に、という例ですね。でも東京と違い新築の1軒がなおデカイ。


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どこか地方の町を歩いているような気分になります。


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こういう空間は、子どものころにあった風景だなあと、なつかしい。



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ガラス窓が下まで開いて、ベランダがあるのは、ヒスパニックの好みのようです。しかも金属製のフェンスがいたるところ。



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コロナは今では圧倒的にラテンアメリカンの地域ですが、1950年代はイタリア系とアフリカンアメリカンの多いエスニックシティだったそうで、多くのミュージシャン、公民権運動家が住んでいた街でした。
マルコムX, ルイ•アームストロング、デイジー•ガレスピー、エラ•フィッツジェラルド、ハリー•ベラフォンテ そして詩人のラングストン•ヒューズ、数え上げたらきりがありません。
そこに独裁政権が倒れ、混乱のドミニカ共和国から60年代ドミニカ人が大量流入したのを皮切りに、90年代以降は、国を問わずのラテンアメリカ化が急速に進行したそうです。


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デザイン的にソウルフードかと思いましたが、ヒスパニックのメニューです。


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南米のどこかの街? 
地下鉄7番線沿いの延々と続く、ラティーノの街のたたずまいです。
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by keiorihara | 2013-03-06 08:44 | Queens | Comments(0)
2012年 07月 26日

ラテンアメリカの先住民のこと

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Sunnyside

日本にいると中南米の人と会うことがほとんどないので、アメリカに住むまで、ラテン系の人たちというのは地球の裏側の遠い存在の人たち、つまり、あまり似通ったところのない人たちだと思っていました。
ヒスパニックは混血している人も多いのですが、大きく分けて、見た感じスペイン(植民者)系というか白人系のタイプと、インディオまたは先住民系の人がいて、先住民系の人たちは、肌が浅黒くずんぐりとしていて、なんとなくアジア人的な人がけっこういます。
このインディオ系の人たちは私の知るかぎり、家族関係や問題の悩み方、返事の仕方や仕草やはにかみ方なども、どこかアジア系な感じがします。
友達のメキシコ人の男の子でどうしても日本人に見える人がいますが、4代前にさかのぼっても、親戚を見回しても、アジア人の血はないそうです。しかし話をするとますます親しさを感じます。中南米インディオは、ベーリング海峡を渡ってきたモンゴロイドがその祖先と言われていることを裏付けるようだな、といつも思います。

合衆国に住むラテン系は圧倒的にメキシコ人が多いし、、メキシコ人は背丈の小さい人が多いので、ヒスパニックで小さい人をを見ると、みなメキシコ人だと思ってしまうのですが、小さい人たちの全部がメキシコ人というわけでもありません。
ごく親しい人がいるわけではないし、大雑把に言っているので、こういうことを言うのは、まちがっていることかもしれませんが、彼らにはちょっと前の、まだ天真爛漫なところのあった日本人を思わせるところがあります。

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日曜日、教会の帰り。Sunnyside


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Sunnyside



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Sunnyside 懐かしいかき氷屋さん。この人も私なんかより小さい人なのに、存在感は何倍もある。
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by keiorihara | 2012-07-26 01:00 | Queens | Comments(0)
2012年 05月 31日

クイーンズって東京でいうと何区?  Sunnyside, Queens

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Street Fair on Greenpoint Avenue, Sunnyside

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Street Fair on Greenpoint Avenue, Sunnyside

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Sunnyside



コメントに、クイーンズって東京でいうと何区って感じですか?  という質問があり、うーん何区だろうとさんざん考えたのですが、何区のどこと何区のどこを足して、、、と思っても、やっぱり、ぜんぜんちがう。。。 似たとこなんてぜんぜんないのです。

都市の構造がぜんぜんちがっている。マンハッタンを除いて、金持ちは遠い遠い郊外に住んでいます。マンハッタンからたくさんの郊外急行路線が走っていて、それは、そこに住んで通勤している人でないかぎり絶対に乗らない電車なのです(つまり駅に自分の車が置いてないかぎり、電車を降りてもどこにも行きようがないからです)。また、クイーンズの先のロングアイランドには10の空港があります。自家用飛行機を持っていなければ使わない空港が10もある。
クイーンズには、よほど奥の方や歴史保存地区などに行かなければ金持ちはいないでしょう。多くの世帯は質素なたたずまいで、車はありますがどこの道にも無料駐車できる。しかし、どこよりも治安がよく、フツーで、便利です。

住んでいる人の構成がちがう。
ご存知のように、ニューヨークは移民の玄関港として都市が発展してきたところです。

クイーンズの人口は225万人(2011年)ですが、その約半数が外国生まれの人なんです。人口の半分が外国人というのはすごいですよね。そしてここでは、138の異なった言語が話されているそうです。
しかも、とくに中南米出身や中国や韓国や、、、インドやエジプトや、、、と書いていたらきりがありませんが、移民の多い国から来た人たちは、国別あるいは言語圏別移民たちで、自分たちのコミュニティをつくり助け合っている。
自分たちの銀行をつくり、学校をつくり、NPOの社会サービス組織をつくり、、、その中で行動するかぎりは英語が下手でも生活や商売ができたりします。
その中で生まれた2世は、生まれながらのアメリカ市民にもかかわらず、そういう家族や親戚に囲まれて育ち、多くの人は家族のなかでは母語を使っている。ネイティブ英語が聞こえてこないはずです。

ところで合衆国の、1960年から2008年までに流入した移民4000万人のうち、その半分が中南米出身のラティーノ=ラテンアメリカ系(ほとんどはメキシコ人などのスペイン語を話すヒスパニックだけれど、ハイチやブラジルなどの他言語圏を入れてラティーノという)。
多くが、けっきょくアメリカの帝国主義的介入によって、つまり戦争をさせたり、武器を独裁政権に渡したり、経済コントロールしたりして、追いつめられて国を出た人たちです。そしてアメリカは彼らを最低賃金労働者として必要として来たのです。
1970年代にはたったの4%だったラティーノですが、2050年には合衆国の3分の1の人口がラテンアメリカ系でしめられることになるといわれています。もちろん、NYはすでに3人に1人以上がヒスパニックですが。

そう思って写真を見ると、わかりやすいかもしれません。
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by keiorihara | 2012-05-31 10:29 | Queens | Comments(1)
2012年 04月 30日

復活祭  Easter in Sunnyside and Roosvelt Avenue

4月も終わろうとしているのに、4月6日のイースター のことを忘れていました。
その日に撮った写真です。 キリスト教とヒスパニックの理解の一助に。

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by keiorihara | 2012-04-30 11:47 | Queens | Comments(0)
2011年 10月 03日

Hispanic 通りーRoosevelt Avenue

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そば屋ではなくピザ屋。ワンスライス1ドル

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どこまでも派手な聖母マリア

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見るからにたくましい移動ランチ屋
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日曜の午後のお父さん
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それどころではないお母さん

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真ん中の黒いのは?

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大都市の真ん中でこんな光景はもはや懐かしいですね

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地下鉄乗り場に上がる階段から


クイーンズの地下鉄7番線の線路の下を走るローズヴェルトアベニューは、両側約5キロにわたって延々ヒスパニック系の商店がならぶディープなエリアだ。
ヒスパニックというのは、旧スペインの植民地であった中央アメリカ、南アメリカ出身の、スペイン語を話すアメリカ合衆国に住む人たちの総称で、ラティーノともいう。人種的にはインディオから白人に近い人までの人種混交のかなり広いグラデーションがある。
彼らは、広範囲のさまざまな別の国から来た人たちにも関わらず、同じ言語を話し、同じ宗教を持っている。
そして、かなり似通った食事をし、かなり似通った生活習慣を持っている。これらの違いは国の違いより階級差の方がずっと大きいだろう。

2010年の国勢調査の人種、カテゴリー別統計によると、ヒスパニックの人口は、合衆国総人口3億1千万人に対して4千8百万人。
1970年にはヒスパニックは960万人だった。人口増率がUS全体が6 .1%に対してヒスパニックは24.3%で、これでいくと2050年には1億人を超えるらしい。(流入者も多ければ、産む子供も多いのだ。)
いちばん多いのはメキシカンで64%。プエルトリカンが9%、キューバ3.4%、ドミニカン2.8%、あとはそれ以下の中南米のすべての国。

ニューヨークに関してはすごい。
ニューヨーク市830万のうち、ヒスパニックは230万人。
マンハッタンは3人に一人、クイーンズはそれ以上、ブロンクスとなればヒスパニックの方が多い。
平均を下げているのがブルックリンだが、ここには中南米(とくに多いのは西インド諸島)に奴隷としてつれてこられた先祖を持つ黒人たちが大量に住んでいて、彼らはスペイン語を話す中南米出身にもかかわらず、自己のアイデンティティを黒人、あるいはアフリカンアメリカンとして見いだすために、ヒスパニックの数になっていない。
 ドミニカ共和国で生まれた中国人で、母語がスペイン語でアメリカにやってきた人は、自分をどう規定するのだろう。
やはり、Asian (エージアン) となるのだろう。

今日は数の話ばかりですみません。ヒスパニックについてはまた改めて。
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by keiorihara | 2011-10-03 07:07 | Queens | Comments(0)