折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

keiorihara.exblog.jp
ブログトップ

タグ:格差社会 ( 3 ) タグの人気記事


2013年 12月 27日

雪の夜   Snow In Sunnyside

a0215638_17192860.jpg



a0215638_17201397.jpg



a0215638_17211715.jpg


前回、アメリカのトップ1%の金持ちが99%を云々、、、と書きましたが、現実的にはその1%の中味は、ほとんどトップ0.1%ないしは0.01%がコントロールしていると言っても良いそうです。0.01%と言っても、3万人くらいいるわけですから。
この人たちは、大企業のトップの肩書きなんかを持っている人もいるでしょうけど、実際経営などに関わっているのではなく、株の配当を受け、新たな投資や、そして社会貢献などを、政治家との関係の上でやっている。彼らの投資は絶対に儲かる仕組みになっているわけです。
もちろん、かなり頭脳明晰で冷徹で悪賢くなければ勤まらないと思いますが。

こういう人たちは自分たちが儲けるために、今度はどこの国に戦争をしかけるか、あるいはどこを引っ掻き回して戦争をさせるか、そして武器を売り、経済コントロールをするか、そういうことにも関わっているわけです。
共和党が保守で、民主党が革新というのは、表面的なスタイルだけであって、追求していることはまったく同じ。お笑いコンビのボケとツッコミみたいなものでしょうか。
自分たちの富と力、それを発揮できる最高の地位を得て、ゲームをしている人たち、それがアメリカの資本家と政治家だと思います。

アメリカの格差というのは、グローバル経済によるマルチナショナルコーポレーション(多国籍企業)が、各国の事情なんかを無視してぼろ儲けをしていることからきています。
軍需産業、石油産業、保険、医療、などは、完全に政治を動かしているし、というか、政治家自身がそれら大コーポレーションのトップ、つまり資本家である場合が多く、自分たちの階層がより豊かになるため、そして、より権力を行使できるために政治をしているわけで、失業率なんかにほとんど興味はないし、どんなに格差がついても、それはよりアメリカが自由の競争を果たせている証拠であるので、めでたいことだと本心では思っているはずです。
アメリカの議会で、ブッシュがアフガニスタンと戦争だー! と叫んだ時、それに反対した議員はたった一人だったのです。
一人ですよ!?
上院や下院の政治家になるのに、どれだけお金が必要か、どれだけ階層が限られているか、これがアメリカの民主主義と自由の結果なのです。

それより今、日本に起きていることのほうが気がかりです。
沖縄に長く関わっている友人からこんなチラシが送られてきました。
米軍の新型輸送機「オスプレイ」の強硬配備に対してたたかう高江の住民を負ったドキュメンタリー映画『標的の村』
予告編を見て、オスプレイについて調べると、どうやらオスプレイというのは、沖縄基地だけの問題ではなさそうなのですね。
そしてオスプレイについて驚くべくこんな記事を見つけました。日本のテレビニュースなどでも伝えられていることでしょうか?
1機100億! を日本中の自衛隊に配置させて、、、着々と日本の再軍備が進むのでしょうか? 
こんなことも、アメリカの軍需産業を儲けさせ、それに投機している金持ちたちが天井知らずの金持ちになって行く一部分なわけです。
(ハフィントンポストという、ハフィントンさんという女性が発行しているアメリカの新聞の日本版です。)
[PR]

by keiorihara | 2013-12-27 10:09 | USA | Trackback | Comments(1)
2013年 12月 21日

クリスマスツリーと格差社会

a0215638_157443.jpg
今年もあっという間にクリスマスの季節がやってきました。
ちょっと前に見た、子どもたちが立ち止まって動かなくなるほどすてきなクリスマスのショーウインドウ、あれはどこだったろうと、うろうろしているうちにロックフェラーセンターの例のクリスマスツリーにぶつかり、人波をかき分け、さらにうろうろしているうちに、ブランドショップが立ち並ぶフィフスアベニューのショーウィンドウを撮ってしまうはめに。

a0215638_1593358.jpg




a0215638_1581130.jpg




a0215638_1510956.jpg




a0215638_1594878.jpg




a0215638_1511035.jpg
不気味ですね。消費社会は退廃の極み。そう言ってショーウィンドウを覗き込む庶民をあざ笑っているのです。


前回、アメリカはけっして貧しくないと書きましたが、もっと書かなくてはなりません。
アメリカはいつの時代もそうだと思いますが、金持ちは天井知らずにお金を持っていて、貧乏人は底なしに貧乏、というのが本当のところでしょうし、実感でもあります。
だから、ここから見ると、日本が格差社会なんていっても、先進国の中では日本は極めて均質化した、貧富の格差のない国に思えます。

アメリカでは2012年、トップ1%の人たちが全世帯の収入の五分の一(19.3%)を得ていて、上から10%の世帯が収入の50.4%を握っているそうです。
ここ30年来、格差は広がり続け、格差の広がりは過去最高だった1927年よりもひどく、記録史上最高となりました。
2007年~2009年のギリシャの財政危機による株価の急落によって、1%の高所得層は収入を36%落とし、99%の人たちは収入を11.6% 落としました。
しかし1%の人たちは、2009年6月に不景気が終わると、景気回復期のコーポレイト利益の拡大を楽しんで、31.4% 収入を回復し、ところが99%のひとたちは0.4%にとどまったのです。
つまり合衆国の収入増の95%がぜんぶ1%の人たちに行ったことになります。
_(Global Post および NBC news 9/10/2013 より)

たしかにフードスタンプをもらう人たちは増えているはずです。私の友人にフードスタンプをもらっている人が二人います。
ひとりはアーティストで、ひとりは市営のホームレスシェルターや病院で、息子の大学の授業料のために週七日、朝から晩まで働いています。
失業保険もたくさんの人たちがもらっていると思います。
失業率ですが、年収200万円以下の家族の失業率は21%です。これは大恐慌の時と同じだそうです。1500万円以上の世帯の失業率は3.2% で、中間層がどんどん低賃金層に移って来ているという話です。

で、どうして貧民が生きていけているか、というのがアメリカを語る上で重要なポイントです。
この国の、それこそ実感ですが、おおざっぱにいって福祉というのはどのような考えにもとづいているかといえば、”もつ者がもたざる者を助ける”という”慈善”の精神です。クォーテーションマークを付けたのは、皮肉の気持ちですが。
とにかく、金持ちがふんだんにNon Profit Organization (非営利組織。 NPOと言っても通じません)などに寄付して、福祉やアート、教育、公共施設等々を働かせてくれるからです。
寄付金が税金控除の対象になる、というのも大きな要因でしょうが、それだけではありません。
大金持ちも庶民と同じく、天国に行きたいと思うからです。

この話は長くなるので、続きは、別の機会に。
[PR]

by keiorihara | 2013-12-21 17:11 | USA | Trackback | Comments(5)
2011年 12月 06日

「反格差運動」という言葉 (Photo)Grand Central Station

日本のニュースをネットで読むと、ウォール街占拠運動(Occupy Wall St.)のことを、格差反対デモとか反格差運動などと名付けている。
なんだろう、その名称への違和感は。

ただ格差に反対するという言い方は、ちょっと社会主義的な感じがする。
本来平等であるものを格差をなくせ、と言っているのようにきこえるからだ。
アメリカでは人権は平等であるべきだけれど、人の賃金や待遇が皆平等であるべきだという発想はもとよりないので、格差があることは前提であると思う。
つまり金持ちと貧乏人の差が大きすぎる、といって、その”格差”に反対しているのではないのだ。
”格差社会反対”なら少しは納得できるものがあるが。

問題は日本で使われている”格差”という言葉を、日本のマスコミは何の定義もせずに、何も考えずに、違う社会で起きていることに使っていることだ。
なぜ”ウォール街占拠”運動では、いけないのだろうか?  なぜ、ちゃんと翻訳をせずに外国映画に対してよくやるように、別の日本的な言葉に言い換えるのか。(映画に関してはそれが良いときもあるけれど)
格差反対という言葉は、ある法律の適用範囲に格差があるので反対、とか、男女賃金の格差に反対という場合には、意味があると思う。
しかし、たんに格差反対では、金持ちと貧乏人がいることに反対と言っているみたいで、アホみたいではないか。(実際、日本の新聞とネットニュースには何の追求の姿勢もなく、とても冷ややかな、あるいは馬鹿にしている口調である。)

なぜ、格差反対ではなく、”ウォール街を占拠せよ”なのか。
政治が99%の国民のためにあるのではなく、ウォール街を動かす1%の資本家層のためにおこなわれていること、1%の人間の富と権力のために99%の人びとが犠牲になっている、このような社会のシステム(体制)を変えよ、という運動だからだ。

高額所得者を優遇し低所得層を冷遇する税制。税金をしこたま取っているのに国の健康保険もない。医療費も薬代も信じられないほど高い。民間の健康保険も考えられないほど高い。なのに多くの疾病がカバーされない。保険会社が病院も医者をさえも動かしている。保険会社や製薬会社が政治を動かしている。オバマも保険会社や製薬会社の宣伝マンだ。
税金の20%が、武器を生産し貧しい国を侵略し弾薬を消費し人殺しをすることに使われている。兵士をリクルートするのが大変だから、つねに一定程度貧困層をキープしておかなければならない。軍隊に入れば大学だって夢じゃないよ、これが今でも殺し文句だ。(実際のところは入隊しても大学は夢の彼方だというが)

こんなことを書きはじめたらきりがないのでやめる。
言えることは、ウォール街占拠運動は、格差反対などというぼやけたものではなく、観念的なところのまったくない、きわめてポリティカルな、そして根源的な反体制運動であるということ。
民主主義なんてどこにもない、金と権力(ウォール街)が、政治を動かしていることへの異議申し立てなのだ

アメリカにいると、日本はきわめて平均化した格差のない国だと感じる。
日本ではバブル崩壊後の不況の深まりとともに(2005年以降だと思うけれど)、声高に”格差”という言葉が使われるようになったと思う。
でも、バブル期の方がはるかに格差があったように個人の経験からは感じるし、じっさい調べてみたらそのようだ。
一億総中流といわれながら突入したバブル期にも貧困はあったはずなのに、日本には貧困がないことになっていた。存在を認知されていなかった。それに私たちは、バブル期を楽しむのに忙しく、そういう事実をあえて見たいとは思わなかったのだ。
それがバブル崩壊後、不況がつづくにつれて少しずつ、たとえば湯浅誠さんら貧困者を助ける活動をしている人たちの努力などに負うことも大きいのかもしれないが、高度経済成長以後初めて”貧困”に光が当てられたように思う。
貧困の認知とともに、格差が浮かび上がった。

日本の格差は、本当に拡大しているのか、少なくともひと世代前より格差が大きいとはどうしても信じられない私である。
日本でも”反格差運動’があるらしいが、原発問題はじめ、変わらない日本、省庁が決める政治の問題を考えるとやはり、”霞ヶ関を占拠せよ”または”反霞ヶ関運動”こそ、本当のところをついている運動ではないかと思うが。

つぎからは、もっと身近なことを書くことにします。(こんなことをしつこく書くつもりじゃなかったのに、つい)

a0215638_11514458.jpg
グランドセントラル駅
[PR]

by keiorihara | 2011-12-06 13:00 | USA | Trackback | Comments(2)