折原恵のニューヨーク写真日記 - New York Photo Diary by Kei Orihara

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2011年 08月 19日

終戦記念日で思うこと

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ニューヨーク市庁舎付近  in front of City Hall


66回目の終戦記念日がすぎた。
アメリカに住み始めて7年経ったが、どういうわけか日本にいるときよりずっとこの日をつよく意識するようになった。
今年はどんな終戦記念日特集があるだろうかと、テレビの番組表を見ることができないのはさびしい。(うちはテレビがないし)

祖母が映画好きで幼い頃からいっしょに日本映画をたくさん見たが、1950年代には軍隊コメディが流行っていた。
たしか「ばんじゅん」と呼ばれ親しまれた喜劇俳優、伴淳三郎がいたはず、と思ってググったら『二等兵物語』という映画だ。
とにかく兵隊さんはいつも「天皇陛下! バンザーイ! 」と言っていて、戦争が天皇陛下のために戦われ、兵隊が天皇陛下のために死んでいった、ということは幼いながらも笑い話の中でしっかりと受け止めていた。(ばんじゅんは、このことを茶化していたのだと思う)
しかし、いつから戦争映画や終戦特集のなかで「天皇陛下万歳」、いや「天皇」という言葉さえ聞かれなくなったか。

天皇で思い出すのは「パールハーバー50周年」を特集した「歴史の罠、そして真珠湾」というTBSのテレビ番組。
50周年だから1991年だ。
筑紫哲也司会で、真珠湾攻撃、日米開戦に至るまでのドキュメンタリーを見せながら、スタジオのコメンテーター(立花隆、工藤みゆき、イーデス•ハンソン)が感想をのべる番組だった。

例の「昭和天皇独白録」を、スポットライトを浴びておごそかに朗読する竹下景子。
「宮が、今止めてはどうかと言うので、立憲国の君主としては、政府と統帥部の一致した意見は認めなければならぬ。そうしなければ大きなクーデターが起こり、かえって無茶苦茶な戦争論が支配的になるであろうと思い、戦争を止めることについては返事をしなかった。」
そうして、御前会議で日米開戦が決定された。
「御前会議では、反対しても無駄だと思ったから、ひとこともいわなかった」
そして突然、明治天皇の歌をよんだという。
「四方の海 みなはらからと 思う世に など波風の 立ちさはぐらむ」

カッコ内は竹下の朗読で、わかりやすい番組構成だ。じつは、タイトルに惹かれてビデオに録っておいたのです。
昭和天皇が戦後の東京裁判用に自己正当化のために書いたものを、歴史の証言のように引用する番組。

しかし、昭和天皇は日中戦争を始めるときから最後の最後まで、陸海空の軍を統帥していた人であって、戦争を始めたのも、終わらせるときを決めたのも天皇である。真珠湾攻撃の成功の知らせに狂喜したという側近の記録がある。軍の上層部は全部皇族筋でかため、全アジアから金銀財宝を奪い取り、米英、三菱、三井、住友などの財閥と手を結んで、国際金融資本を蓄えた。
天皇は法的にも、全軍に対して統帥権を持っていた。「戦争を止めることができなかった」なんて、チャンチャラおかしい話なのだ。
太平洋戦争の軍事最高司令部である大本営は宮中にあった。天皇はほとんどの情報をつかんでいた。戦争好きだった人としか思えない。
「開戦しなければ、かえって無茶苦茶な戦争論が支配的になるであろう」というのは、ごまかすために書いた意味不明の言葉だ。これまでやってきたことの無茶苦茶に加えて、英米と戦争すること以上の無茶苦茶が存在するだろうか。
「ひとこともいわなかった」と、責任を回避することば。このひとほど、恥知らずな卑怯者はいないと思う。

この番組のはっきりとした意図は、”天皇はイノセントで、平和を望んでおられたが、軍部の暴走で太平洋戦争という未曾有の戦争につきすすんでしまった。すべて陸軍大将であり首相であった東条英機がなしたこと。つまり、天皇には戦争責任はない。”
平成3年、あの”昭和天皇崩御”から3年。天皇戦争責任論が出てくるのを食い止めようとするマスメディアのはっきりとした意図が読み取れる。

天皇の唯一の望みは「国体護持」。国体というのは、自分の命と地位と財産。皇族が君臨する「国体」を守ることをアメリカに保障させて、原爆も沖縄も犠牲にした。1945年の2月、敗戦がはっきりしている戦争の終結への決断をもとめて天皇に「御聖断を仰いだ」”近衛上奏文”のあとでも、「もう少し、戦果を挙げてからでないと」と敗戦、和平を引き延ばしたのも天皇である。

番組に戻ろう。特攻隊の映像。最後の杯を酌み交わす凛々しい青年たち。どこにも「天皇陛下、ばんざーい!」の映像も声もなく、飛び立っていく映像。たくさんの映像やインタビューがあったが、「天皇陛下のために」という音声は注意深く避けられている。子どものころには映画のニュースなどでも、ずいぶんこの言葉を聞いたように思うが。

韓国では15日、解放66年を祝う「光復節」で李明博大統領が演説し「日本は未来の世代に正しい歴史を教える責任がある」と表明した。
日本人が、正しい歴史を教えられないのは、天皇の戦争責任の問題を避けているからだ。歴史を正しく認めようとすると、かならず天皇陛下に触れなくてはならなくなるから。
私たちはそうして永久に近隣諸国から、正式な謝罪をしてないことや、歴史教育の誤りについてとがめられつづけ、彼らの信頼を勝ち取れないでゆくのだろうか。
大東亜共栄圏や日本の戦争を正当化している人たちを論破できず、正しい教科書も作れないのは、みながみな、天皇の戦争責任にふれまいとするから。
もし、それが天皇制というものの存在の故なら、あるいは天皇を利用してうまい汁を吸っている人たちの隠れ蓑が天皇制なら、天皇制をまず廃止すべきだろう。
いや、私としては戦争責任だけではなく、お上の言うことには逆らわない、という日本的システムの根幹の思想の頂点にいる、非人道的システムである天皇制は、まちがっていると言いたい。
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by keiorihara | 2011-08-19 08:05 | 日本の戦争 | Trackback | Comments(1)